翌日、一年以上袖を通していなかった取って置きのスーツを着込み、花束を手にして、品川から出ている私鉄電車に乗った。

 昼を少し回ったばかりだというのに、車内は随分と混んでいた。それも、サラリーマン等ではなく、親子連れやカップルが多い。

 彼等の会話から、私はこの日が土曜日だと漸く気が付いた。

 ミュージシャンなどとカタカナで呼ばれる仕事をしているが、実際にはやくざな職業だ。いつ何時、食いっぱぐれるか判らない。土曜も日曜も関係なく、ある意味その日暮らし的な職業だ。

 電車の窓に映る自分の姿と、親子連れやカップル達とを見比べた。

 決まった休日があり、一週間仕事を頑張った自分へのご褒美と、日頃支えてくれている家族や恋人と団欒のひと時を過ごす……

 そういう幸せが、本当は一番かけがえの無いものかも知れない。

 平凡の中にある幸せを人はなかなか気付かないものだ。当たり前に過ごせる日々が、どれだけ尊いものなのか。

 香坂玲……今日で十七歳になる少女。

 普通に生まれた女の子なら、彼女も今頃は仲のいい友達やボーイフレンドと週末のひと時を過ごしていただろう。

 自分の足で大地を感じ、自分の目で景色を愛でる。音と匂いと視覚が一体化して五感を刺激し、幾つもの出逢いと幾つもの感動に抱かれていた筈だろう。

 天は彼女から視覚を奪い、それだけでは満足せず足まで奪った。

 その代わりに授けたものは、音楽……

 それは、果たして彼女にとって見合ったものなのだろうか。

 私程度の人間には答えられない。多分、答える資格すら無いかも知れない。