すっかり熟睡していた浅倉を起こすのは、かなり至難の技だった。そうこうしているうちに、那津子が車椅子を押しながらスタジオにやって来た。

 入って来た瞬間、玲は目が見えない筈なのに、私達の姿が見えたかのように顔を綻ばせた。

 窪んだ眼のせいで、玲の顔立ちは普通の者より、アンバランスに見える。けれども、玲が笑った時の顔は、とても魅力的だなと思える。きっと私だけじゃなく、この笑顔を見たら誰でもそう思うだろう。現に、しかめっ面が専売特許の心也でさえ玲の笑顔に釣られて笑っている。

 話し掛けようとする間もなく、心也と深海魚が玲を独占してしまったから、私は何だか爪弾きにされた子供のような気持ちになった。

 その事に自分で気付いた私は、皆にこの気持ちを悟られないようにしていたつもりだったが、傍らで私を見ていた那津子は気付いたようで、

「玲ちゃんを取られて寂しそうね」

 と、耳元で囁いた。

 さすがに何年も一緒に暮らしていた女だ。

「風間さん、今日は一緒に楽しめるね」

 やっと玲が私に声を掛けてくれた。

 年甲斐も無く、私は無邪気に喜んだ。

「さて、せっかく来てくれたんだ、時間が勿体無いから早速始めたいんだが」

「浅倉がスタジオの器材を自由に使って構わないと言っていたから、玲ちゃんにはそこのピアノでやって貰おうか」

「慣れたキーボードじゃなくても大丈夫かい?」

 私と心也がそう言うと、玲はにっこりと笑い、ピースサインを出した。