待ち合わせの時間よりも早く着いたつもりでいたが、那津子の方が一足早く来ていた。

 窓際の席に座っていた彼女は、昨日のジーンズ姿とは打って変わり、濃い紫色のドレス姿だった。

 淡い照明と、眼下にライトアップされた港のカクテル光線に映し出された彼女は、一枚の油絵のように佇んでいた。

 私が傍に行くまで、那津子はずっと夜景を見ていた。

「待たせたみたいだね」

 声を掛けられて漸く私に気付いた那津子は、ドキッとする程に美しかった。

「ちょっと頑張ってお洒落しちゃった」

 三十半ばを過ぎても、彼女は変わらない少女っぽさを持っていた。見た目の美しさとのギャップが、あの子とダブって見えた。

「何を飲んでいるんだい?」

 彼女の目の前に置かれた、細長いグラスを見て尋ねた。

「ジンジャーエール」

「何だ、先にカクテルかワインでも頼んでいれば良かったのに」

「貴方が来てからにしようかと思って」

 私は、注文を取りに来たウエイターに、ヴァルバンクールの十五年をダブルで頼んだ。

「君は何がいい?」

「じゃあ、ギムレットをウオッカで」

 飲み物が来るまでの間、私と那津子は一言も話さず、二人して夜景を見ていた。