「那津子、玲ちゃんには君が教えたのか?」

「私がこの子に教えた事って、ほんのちょっとだけよ」

「そんな事ないよ。ぼくは、なっちゃんから沢山CDを聴かせて貰ったし、ボイトレだってしてくれたし。ぼくは、なっちゃんのお陰で本気で歌いたいって思うようになれたんだもん」

「ありがと、そういうふうに思ってくれて」

「どういたしまして」

 私は、那津子にどういう経緯で玲と知り合ったかを尋ねた。

 私と別居生活を送るようになってから、那津子は大学時代の友人の紹介で、障がい者達に音楽を教えて貰えないかと誘われたという。

 最初は、那津子自身、余りこの誘いには乗り気でなかったらしい。取り敢えず一度、障がい者を対象にしたカルチャースクールを見学してみないかと言われ、そこで玲と出会ったのがきっかけだった。

 教室の片隅で一人ピアノを弾いていた玲を一目見て、那津子はその場で承諾した。

 教えるといっても、玲一人にばかり関わっている訳にはいかなかったが、那津子はとにかく、そこで新たな喜びを感じる事が出来たと言った。

 様々な障がいを抱えた者がそこに居た。下半身のみならず、全身を満足に動かせない者。言葉を喋れない者。程度の違いはあっても、そこに居る者達は、皆、誰かの助けを必要としていた。切実に。

 音楽や、絵画等、いろいろなものを通して、彼等に生きる事の喜びを与えて上げたい。

 那津子はそう思ったという。