その場に居合わせた人間全てが、魂を揺さぶられ、そして震えた。

 魂を盗まれてしまった。

 そこには理屈など無かった。自然とみんながリズムを取り合い、歓喜の表情を浮かべ、感動というものに照れる事無く素直に身を任せた。

 歌がエンディングに向う。

 私達の誰もが、玲を障がい者という目では無く、新たに誕生した才能の持ち主に、熱い視線で見守るようなものに変わっていた。

 畏敬と感動。この二つの言葉に埋め尽くされた私達に、玲はもう一つ、幸福という感情をプレゼントしてくれた。

 力強く最後を終えた玲は、見えない目をまだ明るさの残る空に向けた。

 一拍の間を置いて湧き上がる歓声と拍手。

 拳を天に突き上げる若者。

 涙ぐむ恋人の肩を抱き締める彼。

 輪の中から玲に歩み寄る中年の夫婦。

 玲に握手を求める者。

 中には、見ず知らずの者なのに、互いに共有した喜びと感動を目で確認し合っている。

 みんな、その場から立ち去ろうとしなかった。

 ずっと、その場の空気に触れていたかった。

 私の横に年嵩の警官がそっと近付いて来た。

「もし、またこの辺で歌うのでしたら、ここよりもバスターミナル周辺がいいかも知れません。但し、余り長い時間ですと、今日のように声を掛けますがね」

 柔和な眼差しで私に呟いた警官の姿は、あっという間に群集の波に消えた。