「フーさん、この後ひま?」

 浅倉が私の傍に来て声を掛けて来た。

 私の風間という苗字の風の字から取ってそう呼ぶのだが、フーさんと呼ぶ人間は、別れた女房以外、ごく親しい者しか居ない。

「今の俺はひまが売り物だよ。じゃなきゃ、今日みたいな仕事が俺のところに回って来ないだろ。飯か?酒か?どっちでも付き合うよ」

 投げやりな物言いから、私の胸の内を察して浅倉は、

「フーさんには物足りない仕事だろうなって思ったんだけどさ、お陰で全体に音が締まった感じになって良かった」

 と言った。

「何も俺にまでおべんちゃらを使わなくてもいいよ」

「まあまあ、それよりかさ、こうして久し振りに一緒に仕事が出来たんだもの、例のところで打ち上げと行きましょ」

「判った。じゃあ先に行っているよ」

「こっちも明日の段取りをサブに申し送れば終わるから、追っ付け顔を出せますよ」

 私は他の者達に挨拶をし、スタジオを後にした。

 檜町のスタジオから、六本木交差点を目指し、ギターケースを抱えながら歩く。若者がそういう格好で歩くぶんには、それ程妙にも思われないのだろうが、五十半ばを越えた、くたびれたオヤジ風情がそういう格好をして歩くと、結構好奇な視線を浴びる。最近じゃそれもある種の快感になって来ている。

 交差点の手前で大通りを渡り、細い道に入ると、昔とそう変わらない風景の場所に出る。

 百メートルばかり奥に進んだ所の雑居ビルの地下に、目指す店はあった。