「この前聞いたら、そこで障がい者達に音楽を教えているらしいんだ」

 カウンターの中に居る深海魚の夫婦は不思議そうな顔をしていたが、私からすれば頷ける話だった。

 那津子には、昔からそういう、何か人の役に立ちたいといった、願望のようなものが窺えた。

 人から頼られる事に生き甲斐を感じるタイプなのかも知れない。

 私は、彼女に一度もそういう面を見せた事は無かったが。

「ああいう施設で音楽を教えるといっても、結構大変なんじゃない」

「それがね、そうでもないらしいんだ。この前なんか、とんでもない子が居るって興奮していたもん」

 那津子が言う「とんでもない」というのは、こちらの想像を超えた才能を持った人間に対して使う、彼女の中での最上級の感嘆詞である。

 その事を彼に言うと、

「マジで鳥肌もんだって言っていたな」

「へえ、普段余り人を褒めないなっちゃんがそう言うのだから、その子余程すごいのね」

「でね、兄さんも一度聴きに来てって言われてさ」

「久里浜までか?」

「いや、それがね、今度の週末は横浜で路上ライブやるらしいから、そこに顔出してって」

「今の時代、猫も杓子も路上ライブだからな」

 深海魚の言葉に私は苦笑いを浮かべながら頷いていた。