「つい最近の事なんだけど、レイちゃんと同じクラスの子で、少し知能の劣る子が居るのね。その子は彼女と違って弱視といって、完全に目が見えないという訳じゃないの。でも、何をやるにもみんなより物覚えが遅くて、それで授業が遅れがちになったりとかだったんだけど……」
那津子の話だと、授業中に突然レイが、
“あんたのお陰で、先に進めないじゃない”
と言ったという。
「私も丁度その場に居たんだけど、今まで彼女からそんな言葉を耳にした事が無くて、びっくりしたわ」
那津子がレイを知るようになったのは一年程前からだが、それまで他人を傷付けたり誹謗するような言動を見た事も聞いた事も無かったと言う。
「思い過ごしじゃなければいいんだけど、あの子、このところ周りから自分がちやほやされている事で、自分が施設の他の子とは違う、自分の方が上だ、みたいな感覚になっているように思えて」
「確かに、普通の人間でもレイのように一躍注目されればそういう感情が湧く事がある。あるにはあるけど、あの子に限って……」
「貴方にはそう見えないかもしれないわ」
「……?」
「あの子にとって、貴方は特別な存在だもの」
「俺が?」
「貴方に、嫌われないようにしてるから……。それはそれとして、私がテレビの件をみんなに相談したのも、この事が関係しているの。貴方が言ってたように、純粋に音楽だけに専念出来ていたなら、そういった変化もあの子には訪れなかったかも知れない」
「自分を見失ってしまう……そういう事か?」
「ええ。なんと言ってもまだ十七歳よ。それに、普通じゃない…またこの言葉使っちゃった。レイちゃんに聞かれたら、二度と口も利いて貰えなくなるわね」
「君の方からその時の事で、何か言ったりはしなかったのかい?」
「そういう事を言っちゃ駄目みたいな事は注意したけど、反抗的な態度をされたわ。あの子の全部を私も知っている訳じゃないけれど、でも、何だか……ね」
那津子は帰り際、
「レイちゃんが目を覚ます前に帰るわね。私がここに来ていた事がばれちゃうと、もっと大変な事になりそうだから」
と言った一言が、私の中で重く圧し掛かって来た。



