手からメガネが放れたその時だった。
シャッ
微かに聞こえ、向かいの窓のカーテンが開く。
「きゃあっ!」
ガラス越しに見えた恵里が飛んできたメガネを恐れて声を上げた。
カン! カラカラ……
メガネはガラスにぶつかり、重力に従い桐原家の地面へと落ちていった。
カラカラカラ
「ちょっとー!」
「恵里!」
「人ん家の窓に何してくれてんのよ!」
「お前こそ何勝手に実家帰ってんだよ!」
「割れたら弁償するお金なんてないでしょ!」
「男のとこ行ったかと思ってすげー落ちてたんだぞ!」
「ガラスって高いんだからね!」
「つーか会話噛み合ってねーから!」
恵里が黙ったことにより、俺の声が家と家の間に響く。
下から母さんの「近所迷惑よ!」が聞こえた。
俺は声を張りたい気持ちを押さえ込み、恵里にだけ聞こえるくらいの声で言った。
「……帰るぞ」