勝彦は渋い顔をして、

「そこに座るの? こっちにおいで」

 と、腕を広げてみせる。

 腕の中心に見える、彼の顔。

 吸い込まれる……。

 私は蜜の香りに誘われたように立ち上がり、腕の中へ収まった。

 彼を背中にして、お腹の前で組まれた手を握る。

「話って、何?」

 話したいことを考えると、胸が痛んだ。

 でも気付いてしまったことを、私は忘れることはできない。

「お願いがあるの。聞いてくれる?」

「なに?」

 うんともううんとも言わない。

 いつもは「お願い」って言えば、何でもうんって言ってくれるのに。

「本当のこと、話してほしいの」

「本当のこと?」

「そう。あたしたち、付き合ってたって、嘘だよね」