欲しいものがあるわけではない。

 働きたい理由を彼には伝えておくべきだろうか。

 母にお金を返したい、と。

 しかし借金の説明なんてしたら嫌われないだろうか。

 少し前の私は、本当にろくでもない人生を歩んでいた。

 彼に告げる必要はおそらくない。

 彼に告げる勇気は、もっとない。

 借金も、中絶も、自殺だって、私は何も知らないことになっているんだから。

 幸せなこの関係を壊したくない。

「俺はね」

 私が考えをめぐらせていると、彼がぽつりと語りだした。

「紀子と一生一緒にいたいと思ってる。一緒に住み始めて、本当にそう思うようになったよ」

 遠まわしにプロポーズ?

 付き合ってまだ一ヶ月ほどだというのに。

 記憶を無くした挙句、一緒に住み始めてまだ一週間だというのに。

 私みたいな女、面倒なはず……。

「なんで? って顔してるね」

 指摘され、慌てて自分の表情に気を使った。