ペアリングを外して


 戸惑いながらも笑った三村は、右手に箸を持った。

「泣いたらお腹減っちゃった。鍋、もう一回火にかけようよ」

「あ、ああ。わかった」

 自分の席に戻り、カセットコンロの火をつける。

 再びグツグツいい始めた時、三村が思い立ったように告げた。

「少し、考えさせて」

 同棲しているからには、即決はできないだろう。

 そう思った俺は、ただ一回だけ「わかった」と頷いた。



 この日は食事だけで、ホテルには入らなかった。

 帰り際にもう一度だけキスをして、一言。

「愛してる」

 今までに誰にも、久美にさえ言ったことのない言葉。

 中学生の時「愛なんて言葉を簡単に口にするな」と親父に言われてから、俺はこの言葉を人生で3回しか使わないと決めた。

 素直になれなかった当時の俺に教えてやりたい。

 あと十年少し経ったら、三村に言うことができるぞ、と。