五年前の春。
空港の展望デッキには、潮の匂いを含んだ風が吹いていた。滑走路の向こうで銀色の機体が助走をはじめる。エンジン音が腹の底に響き、やがて機首がふわりと持ち上がった。
「……いま浮いた」
水瀬美緒は、フェンスに両手をかけたまま小さく呟いた。
「浮いたんじゃない。揚力が機体の重さを上回ったんだ」
隣で黒瀬怜司が真顔で訂正する。二十六歳。副操縦士になってまだ数年の彼は、仕事帰りの私服姿でも背筋が伸びていた。
「ロマンがないなあ」
「事実だ」
「でも怜司さんは毎回、離陸の瞬間は黙って見てるよね」
怜司が言葉に詰まった。美緒はにやりと笑う。
「図星」
「……うるさい」
耳が少し赤い。この人は嘘をつくのも照れ隠しも下手なのだ。美緒はそれを知っている。たぶん世界で自分だけが知っている。
飛行機が雲に溶けていくのを見送りながら、怜司がぽつりと言った。
「機長になったら、最初におまえをフライトに乗せる」
「え、職権乱用じゃない?」
「チケットは自分で買え」
「そこは奢ってよ!」
二人は笑った。
空は高く、未来は滑走路みたいにまっすぐ伸びているように見えた。
その約束が果たされないまま五年が過ぎることを、このときの二人はまだ知らない。
空港の展望デッキには、潮の匂いを含んだ風が吹いていた。滑走路の向こうで銀色の機体が助走をはじめる。エンジン音が腹の底に響き、やがて機首がふわりと持ち上がった。
「……いま浮いた」
水瀬美緒は、フェンスに両手をかけたまま小さく呟いた。
「浮いたんじゃない。揚力が機体の重さを上回ったんだ」
隣で黒瀬怜司が真顔で訂正する。二十六歳。副操縦士になってまだ数年の彼は、仕事帰りの私服姿でも背筋が伸びていた。
「ロマンがないなあ」
「事実だ」
「でも怜司さんは毎回、離陸の瞬間は黙って見てるよね」
怜司が言葉に詰まった。美緒はにやりと笑う。
「図星」
「……うるさい」
耳が少し赤い。この人は嘘をつくのも照れ隠しも下手なのだ。美緒はそれを知っている。たぶん世界で自分だけが知っている。
飛行機が雲に溶けていくのを見送りながら、怜司がぽつりと言った。
「機長になったら、最初におまえをフライトに乗せる」
「え、職権乱用じゃない?」
「チケットは自分で買え」
「そこは奢ってよ!」
二人は笑った。
空は高く、未来は滑走路みたいにまっすぐ伸びているように見えた。
その約束が果たされないまま五年が過ぎることを、このときの二人はまだ知らない。



