成人式から、三年が経った。
高校を卒業してから、六年。
あの日、県大会ベスト8で終わった体育館から、それだけの時間が流れていた。
六人は、それぞれ違う場所で生きていた。
るいとりょうたは、同じ会社で働いている。
スポーツ用品を扱う会社。
高校時代からずっと身近にあった、バスケットボールやシューズ、ユニフォーム、ボール。
今では、それを「売る側」になっていた。
しょうぶは、大学でもバスケットボールを続けた。
そして今は、スポーツドリンクを扱う会社で働いている。
ゆうとは、大学を卒業して教員になった。
中学校の教師。
そして、男子バスケットボール部の顧問。
れいは、工学系の大学を卒業し、スポーツシューズの開発に関わる仕事をしている。
「守る」という言葉を、高校時代とは違う形で追い続けていた。
そして、たくやは大学で学んだことを生かして、整骨院で働いていた。
身体のケア。
怪我をしないための身体づくり。
選手がもう一度コートに立つためのサポート。
六人は、全員違う場所にいた。
けれど。
不思議なことに。
全員が、まだバスケットボールの近くにいた。
---
その日は、久しぶりに六人全員が集まる日だった。
駅前の小さな店。
仕事終わりの六人が、少しずつ集まってくる。
「おっせーよ、るい」
「いや、お前らが早すぎるんだろ」
「りょうたなんか一時間前からいるぞ」
「……暇だったから」
「絶対嘘だろ」
高校時代と変わらない。
くだらないことで笑う。
昔の話をする。
「そういえば、しょうぶ大学でもバスケやってたんだよな」
「やったよ」
「どれくらい続けた?」
「卒業まで」
「マジかよ」
「お前らがいないの、最初は結構きつかったけどな」
その言葉に、少しだけ空気が静かになった。
しょうぶは笑った。
「でも、大学で新しい仲間もできた。楽しかったよ」
「そっか」
るいが笑う。
「よかったな」
「……うん」
それだけだった。
けれど。
六人には、それで十分だった。
高校時代の六人は、もういない。
でも。
あの日々を知っている六人は、ここにいる。
---
食事を終えたころ。
るいが突然言った。
「……なあ」
「ん?」
「今日さ」
るいは少しだけ間を置いた。
「先生たちに会いに行かない?」
全員が顔を上げた。
「佐々木先生?」
「うん」
「相澤先生も?」
「もちろん」
少しの沈黙。
そして。
しょうぶが笑った。
「……行こうぜ」
「俺も行きたい」
ゆうとが続く。
「俺、先生たちに話したいことある」
「俺も」
れいも言った。
たくやが笑う。
「なんか緊張するな」
りょうたが小さく笑った。
「高校卒業して六年も経つのに?」
「いや、先生に会うときって、いつまで経っても緊張するだろ」
「……それは分かる」
六人は笑った。
そして。
高校時代、何度も通った場所へ向かった。
---
体育館の前に立った瞬間。
六人の足が止まった。
「……変わってないな」
るいが呟く。
扉。
廊下。
体育館の入り口。
あの頃と同じようで。
でも、自分たちだけが大きく変わった。
るいが扉を開けた。
体育館の中から、ボールの音が聞こえてくる。
ドン。
ドン。
ドン。
そして。
「……誰だ?」
聞き覚えのある声。
六人が一斉に振り向いた。
そこにいたのは。
佐々木先生だった。
少しだけ白髪が増えていた。
でも。
あの頃と同じ顔だった。
「……先生」
るいが笑った。
佐々木先生は一瞬、言葉を失った。
「……お前ら」
一人ずつ顔を見る。
るい。
しょうぶ。
りょうた。
ゆうと。
れい。
たくや。
「……お前らかよ」
その声が少し震えた。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
六人が頭を下げる。
すると。
佐々木先生は笑った。
「……なんだよ」
「何がですか?」
「お前ら、全然変わってないじゃねえか」
「先生もですよ」
「俺は変わったよ」
「白髪増えました?」
たくやが言う。
「おい、たくや」
全員が笑った。
その笑い声に。
佐々木先生も笑った。
---
その後。
体育館の奥から、もう一人の先生が現れた。
「……あれ?」
相澤先生だった。
「お前ら……?」
「相澤先生!」
「久しぶりです!」
「お前ら、六人揃ってるのかよ」
相澤先生も驚いたように目を丸くした。
「成人式のとき以来か?」
「そうですね」
「大人になったなあ」
「先生もですよ」
「俺は昔から大人だ」
「いや、それは違う」
ゆうとが即答した。
「お前なあ!」
また笑い声が起きる。
六人と二人の先生。
久しぶりなのに。
不思議なくらい、昔のままだった。
---
しばらく話したあと。
るいが言った。
「先生」
「ん?」
「今日は、報告しに来たんです」
佐々木先生が首を傾げる。
「報告?」
「はい」
るいは少しだけ緊張したように息を吸った。
「俺、就職しました」
「知ってるぞ」
「……え?」
「会社から聞いた」
「なんでですか」
「お前が入った会社、うちの大会でも関わってるからな」
「そうなんだ……」
るいが笑う。
「今、スポーツ用品を扱う仕事をしています」
「うん」
「高校のときは、スポーツをする側だったけど」
一度、体育館を見る。
「今は、スポーツをする人を支える側になりました」
佐々木先生は何も言わなかった。
ただ、頷いた。
「……夢、叶えましたよ」
るいが言った。
その瞬間。
佐々木先生の目が少し赤くなった。
「……そうか」
短い言葉だった。
でも。
それだけで、十分だった。
---
「次、俺いい?」
りょうたが口を開いた。
「俺も、るいと同じ会社です」
「知ってる」
「高校のときは、るいと一緒にプレーしてましたけど」
少し笑って。
「今は、一緒にスポーツを支える仕事してます」
「……そうか」
「同じ会社に入ったのも、偶然じゃないと思ってます」
るいを見る。
「こいつと一緒に仕事するの、結構楽しいんで」
「お前、本人の前で言うなよ」
「なんで?」
「恥ずかしいだろ」
「高校のときから一緒だったじゃん」
「……まあな」
二人が笑う。
佐々木先生も笑った。
「お前ららしいよ」
そして。
「夢、叶えたんだな」
「はい」
二人が同時に答えた。
---
次に、しょうぶが前に出た。
「俺は……」
少しだけ黙る。
「大学でもバスケを続けました」
佐々木先生が頷く。
「最初は迷いました」
「うん」
「高校のときの仲間より大切な仲間なんて、これからできるのかなって」
六人が黙って聞いていた。
「でも、できました」
しょうぶは笑った。
「高校とは違う仲間ができました」
「それはよかったな」
「はい」
そして。
「今は、スポーツドリンクの会社で働いてます」
相澤先生が言う。
「お前らしいな」
「選手が試合中に飲むものを作る側です」
しょうぶは体育館を見た。
「高校のとき、先生が言ってたじゃないですか」
佐々木先生を見る。
「『選手がコートに立つために、いろんな人が支えてる』って」
「……そんなこと言ったか?」
「言いました」
「覚えてないな」
「俺は覚えてます」
しょうぶが笑う。
「だから俺も、今度は支える側になりたかった」
そして。
「……夢、叶えましたよ」
佐々木先生は、静かに頷いた。
「お前なら、そうなると思ってたよ」
---
「次、俺」
ゆうとが手を挙げた。
「俺、先生になりました」
「……知ってる」
相澤先生が笑う。
「今、中学校で働いてます」
「そうか」
「それで……」
少し照れくさそうに笑う。
「バスケ部の顧問もしてます」
佐々木先生が笑った。
「やっぱりな」
「高校のとき、先生たちを見てて」
ゆうとは二人を見る。
「俺もこんな先生になりたいって、ずっと思ってました」
「……」
「怒るだけじゃなくて」
「……」
「選手が失敗したとき、一緒に悩んで」
「……」
「頑張ってるときは、ちゃんと見てて」
「……」
「最後まで信じられる先生になりたいって」
ゆうとの目が少し潤む。
「まだ全然、先生たちみたいにはなれてないけど」
そして。
「今、夢の途中です」
佐々木先生が笑った。
「それでいい」
「……はい」
「教師は、完成したら終わりだ」
「え?」
「毎年、生徒から教えてもらうんだよ」
ゆうとが涙を拭った。
「……はい」
---
「俺も」
れいが前に出た。
「大学、工学系に行きました」
「聞いてる」
「今は、スポーツシューズの開発に関わってます」
相澤先生が笑った。
「お前らしいな」
「高校のとき、俺は守ることしかできなかったから」
れいが少し笑う。
「だから今度は、シューズで選手を守りたいと思って」
「……」
「踏ん張るときに、ちゃんと踏ん張れる」
「……」
「守るときに、ちゃんと守れる」
「……」
「そういうシューズを作りたい」
れいは先生を見る。
「まだ完成してないです」
そして。
「でも、いつか絶対作ります」
相澤先生が頷いた。
「楽しみにしてる」
「はい」
---
最後に。
たくやが前に出た。
「俺は……」
いつものように笑おうとした。
でも。
今日は、笑えなかった。
「整骨院で働いてます」
「うん」
「高校のとき、試合に出る時間はそんなに多くなかったから」
少しだけ俯く。
「その分、身体のことを勉強しました」
「……」
「ストレッチとか、身体のケアとか」
そして。
「今は、選手の身体を支える仕事をしています」
たくやは顔を上げた。
「試合に出てる選手だけじゃなくて」
「……」
「試合に出られない選手も」
「……」
「怪我してる選手も」
「……」
「もう一回コートに立ちたいって思ってる選手も」
声が少し震える。
「全員を支えられる人になりたいです」
そして。
「……俺も、夢を叶えましたよ」
相澤先生が笑った。
「うん」
「先生……」
「ちゃんと叶えてるじゃないか」
その一言で。
たくやの目から、涙が落ちた。
「……はい」
---
六人の報告が終わった。
体育館に、静かな時間が流れる。
佐々木先生が六人を見る。
「……なあ」
「はい」
「お前ら」
少し笑う。
「全員、バスケから離れてないんだな」
六人は顔を見合わせた。
「……そうですね」
るいが答える。
「結局、好きなんですよ」
りょうたが言う。
「バスケが」
しょうぶが笑う。
「俺たち、バスケしか知らないからな」
ゆうとが続ける。
「でも」
れいが言った。
「それでよかったと思ってます」
たくやが笑った。
「俺も」
---
そのとき。
体育館の外から、大きな声が聞こえた。
「お願いします!」
六人が振り返る。
そこには、今のチームの選手たちがいた。
佐々木先生と相澤先生が指導しているチーム。
男子も女子も。
全国大会優勝を目指しているチームだった。
「全国、狙ってるんですか?」
しょうぶが聞く。
佐々木先生が笑った。
「ああ」
「本気で?」
「本気だ」
相澤先生も笑う。
「男子も女子も、今年は全国優勝を狙ってる」
「……すげえ」
六人はコートを見る。
そこには。
高校時代の自分たちと同じような顔をした選手たちがいた。
必死にボールを追って。
声を出して。
転んでも立ち上がって。
仲間を励まして。
るいは、少しだけ笑った。
「……俺たちも、何かできませんか?」
佐々木先生が振り返った。
「何?」
「応援とか」
「それだけじゃなくて」
りょうたが続ける。
「会社としても」
しょうぶが言う。
「俺の会社からも」
たくやも笑った。
「身体のサポートならできます」
れいが続く。
「シューズも」
ゆうとが笑う。
「俺は……選手たちに声かけるくらいしかできないけど」
佐々木先生は六人を見つめた。
そして。
笑った。
「……お前ら」
「はい」
「本当に、先生の教え子か?」
「え?」
「お節介なところまで昔のままだな」
全員が笑った。
---
そして。
数か月後。
全国大会。
男子部門。
女子部門。
どちらも決勝まで勝ち上がった。
六人も会場にいた。
るいの会社は、チームのスポーツ用品を支援した。
しょうぶの会社は、選手たちをスポーツドリンクで支えた。
れいは、開発に関わったシューズを選手たちへ届けた。
たくやは、身体のケアを担当した。
ゆうとは、教員として、そしてかつての教え子として応援席にいた。
りょうたは、るいの隣に座っていた。
「……なんか不思議だな」
「何が?」
「高校のとき、俺たちが見てた全国大会を」
「今は、支える側で見てる」
「うん」
るいはコートを見た。
「先生たちのチームを」
---
試合終了。
男子。
優勝。
女子。
優勝。
両方とも全国大会優勝。
体育館中に歓声が響いた。
佐々木先生が泣いていた。
相澤先生も泣いていた。
選手たちが抱き合う。
そして。
六人も立ち上がった。
「先生ー!」
るいが叫んだ。
佐々木先生が振り向く。
六人が笑っている。
泣いている。
手を叩いている。
その顔を見た瞬間。
佐々木先生は、また泣いた。
---
表彰式が終わったあと。
先生たちが六人のところへ来た。
「お前ら」
佐々木先生が言う。
「ありがとう」
「俺たち何もしてないですよ」
「いや」
佐々木先生は首を振った。
「お前らがいたからだ」
「……」
「このチームが全国で優勝したことも嬉しい」
「……」
「でもな」
先生は六人を見る。
「俺は今日、お前らを見てた」
六人が黙る。
「高校卒業したときは、こんな未来になるなんて思わなかった」
「……」
「それぞれ違う道に進んで」
「……」
「でも、結局みんなスポーツのところに戻ってきた」
佐々木先生の声が震える。
「お前らは、あの日の負けを無駄にしなかったんだな」
るいの目に涙が浮かんだ。
「……先生」
「なんだ」
「俺たち」
るいは笑った。
「ちゃんと、あの日の続きに来られました」
佐々木先生は、何も言えなかった。
ただ。
六人を順番に見た。
そして。
「……そうだな」
小さく笑った。
「お前らの青春は、終わってなかったんだな」
---
その言葉を聞いて。
六人は、高校最後の試合を思い出した。
県大会ベスト8。
しょうぶが足をつった。
りょうたが足を痛めた。
前日に怪我をしていたるい。
それでも最後まで戦った。
負けた。
泣いた。
先生の前で。
家族の前で。
仲間の前で。
あの日は。
何もかも終わったと思っていた。
もう六人でコートに立つことはない。
もう一緒に練習することもない。
もう、あの時間には戻れない。
そう思っていた。
でも。
違った。
るいはスポーツを支える仕事をしている。
りょうたも同じ会社で働いている。
しょうぶは選手を支える飲料を作っている。
ゆうとは次の世代を育てている。
れいは選手を守るシューズを作ろうとしている。
たくやは選手の身体を支えている。
そして。
六人が支えたチームが。
今日。
全国の頂点に立った。
---
相澤先生が六人の前に立った。
「お前ら」
「はい」
「高校のとき、言ったよな」
「……何をですか?」
「『お前らは、自分たちが思ってるよりずっとすごい』って」
六人が頷く。
「今なら、もっと言える」
相澤先生は笑った。
「お前らは、あの頃よりずっとすごい」
「……」
「だって」
先生は優しく言った。
「自分たちがもらったものを、今度は誰かに渡してるじゃないか」
その言葉に。
誰も返事ができなかった。
六人とも泣いていた。
---
最後に。
るいが言った。
「先生」
「ん?」
「ありがとうございました」
「……」
「俺たちに、バスケを教えてくれて」
りょうたが続く。
「仲間の大切さを教えてくれて」
しょうぶが言う。
「負けても、前を向くことを教えてくれて」
ゆうとが言う。
「人を支えることを教えてくれて」
れいが言う。
「自分の言葉を大切にすることを教えてくれて」
たくやが言う。
「頑張ることは、誰かがちゃんと見てくれてるって教えてくれて」
六人が顔を見合わせた。
そして。
「ありがとうございました」
六人の声が重なった。
佐々木先生は俯いた。
肩が震えていた。
相澤先生も、目元を押さえた。
しばらくして。
佐々木先生が顔を上げた。
「……こちらこそ」
声が震えていた。
「ありがとう」
そして。
「お前らの先生になれて」
一度、言葉を止める。
「本当によかった」
六人の涙が、また溢れた。
---
帰り道。
六人は並んで歩いていた。
高校時代のように。
でも。
もう制服ではない。
それぞれ違う服。
それぞれ違う仕事。
それぞれ違う人生。
それでも。
歩く速度は、昔と同じだった。
「なあ」
しょうぶが言う。
「また集まろうぜ」
「当たり前だろ」
ゆうとが笑う。
「次はいつ?」
「一年後」
れいが言う。
「じゃあ、来年もここで」
たくやが言った。
「約束な」
六人が手を重ねる。
高校最後の日と同じように。
「せーの」
「またな」
手を離す。
それぞれの道へ歩き出す。
---
夜。
るいは一人で家に帰った。
鞄を置いて。
窓を開ける。
夜空を見上げる。
ふと。
高校最後の体育館を思い出した。
負けた日のこと。
泣いたこと。
先生の言葉。
家族の温かさ。
六人で笑ったこと。
そして。
今日。
先生たちの全国優勝を見届けたこと。
るいは小さく笑った。
「……先生」
誰もいない部屋で呟く。
「俺たち」
少しだけ目を閉じる。
「ちゃんと、頑張ってますよ」
---
あの日。
六人は、県大会ベスト8で終わった。
全国には届かなかった。
優勝もできなかった。
最後の試合で、悔しくて泣いた。
あの涙は。
負けた証だった。
でも。
今なら分かる。
あの涙は。
終わりの涙じゃなかった。
始まりの涙だった。
あの日、六人が悔しくて流した涙が。
それぞれの未来を動かして。
誰かを支える力になって。
次の世代へ繋がって。
そして今日。
先生たちのチームが、日本一になった。
六人は、その瞬間を支える側にいた。
高校時代には想像もできなかった未来。
でも。
確かに。
あの日の続きだった。
---
青春は。
卒業した瞬間に終わるものじゃない。
一緒に汗を流した時間も。
悔しくて泣いた日も。
先生に怒られた日も。
仲間と笑った日も。
全部。
その後の人生に残っていく。
そして。
誰かからもらったものを。
今度は、自分が誰かに渡していく。
それが。
六人が過ごした三年間の意味だった。
県大会ベスト8。
それだけを見れば。
優勝には届かなかった。
でも。
六人が残したものは。
それだけじゃなかった。
先生たちに残したもの。
家族に残したもの。
後輩たちに残したもの。
そして。
これから先、六人が出会う人たちに渡していくもの。
それは。
ずっと続いていく。
---
最後の夜。
六人のグループLINEに、一枚の写真が送られてきた。
今日の全国優勝の写真。
佐々木先生と相澤先生。
そして。
優勝した選手たち。
その写真の下に。
佐々木先生から一言。
『お前らがいたから、今日がある。』
少しして。
相澤先生から。
『これからも、それぞれの場所で頑張れ。』
そして最後に。
『またいつか、六人で来い。』
六人は画面を見つめた。
誰もすぐには返信しなかった。
やがて。
るいが送った。
『はい。』
りょうた。
『必ず。』
しょうぶ。
『また会いましょう。』
ゆうと。
『次は俺たちが、誰かの力になります。』
れい。
『約束します。』
たくや。
『先生たちも、ずっと元気でいてください。』
既読が六つついた。
その夜。
六人は、それぞれの場所で空を見上げた。
同じ空だった。
高校時代。
六人が体育館の窓から見上げていた空と。
何も変わらない空。
変わったのは。
六人の人生だった。
でも。
変わらないものもあった。
仲間を思う気持ち。
バスケットボールが好きだという気持ち。
そして。
あの日々を、一生忘れないということ。
---
**あのとき、負けたから。**
悔しくて。
泣いて。
それでも前を向いたから。
六人は、それぞれの夢を見つけた。
そして。
その夢は。
誰かを支える夢になった。
誰かの背中を押す夢になった。
誰かの未来を守る夢になった。
高校最後の試合で流した涙は。
決して、無駄じゃなかった。
あの涙が。
今日という日に繋がっていた。
---
県大会ベスト8。
それが。
六人の高校バスケの最後の結果だった。
だけど。
六人の物語は。
そこで終わらなかった。
むしろ。
そこから始まった。
六人がそれぞれの場所で歩き。
誰かを支え。
誰かに支えられ。
また誰かの夢を繋いでいく。
そしていつか。
今日の選手たちが大人になったとき。
きっとまた。
誰かに言うのだろう。
「俺たちにも、昔、こんな先生がいたんだ」
「こんな仲間がいたんだ」
「こんな青春があったんだ」
と。
その言葉が。
また次の誰かへ繋がっていく。
そうやって。
青春は。
終わらない。
---
**六人の青春は、あの日の敗戦で終わったんじゃない。**
**あの日、涙を流したところから。**
**それぞれの人生の中で、ずっと続いていた。**
そして。
これからも。
ずっと。
**――完。**
高校を卒業してから、六年。
あの日、県大会ベスト8で終わった体育館から、それだけの時間が流れていた。
六人は、それぞれ違う場所で生きていた。
るいとりょうたは、同じ会社で働いている。
スポーツ用品を扱う会社。
高校時代からずっと身近にあった、バスケットボールやシューズ、ユニフォーム、ボール。
今では、それを「売る側」になっていた。
しょうぶは、大学でもバスケットボールを続けた。
そして今は、スポーツドリンクを扱う会社で働いている。
ゆうとは、大学を卒業して教員になった。
中学校の教師。
そして、男子バスケットボール部の顧問。
れいは、工学系の大学を卒業し、スポーツシューズの開発に関わる仕事をしている。
「守る」という言葉を、高校時代とは違う形で追い続けていた。
そして、たくやは大学で学んだことを生かして、整骨院で働いていた。
身体のケア。
怪我をしないための身体づくり。
選手がもう一度コートに立つためのサポート。
六人は、全員違う場所にいた。
けれど。
不思議なことに。
全員が、まだバスケットボールの近くにいた。
---
その日は、久しぶりに六人全員が集まる日だった。
駅前の小さな店。
仕事終わりの六人が、少しずつ集まってくる。
「おっせーよ、るい」
「いや、お前らが早すぎるんだろ」
「りょうたなんか一時間前からいるぞ」
「……暇だったから」
「絶対嘘だろ」
高校時代と変わらない。
くだらないことで笑う。
昔の話をする。
「そういえば、しょうぶ大学でもバスケやってたんだよな」
「やったよ」
「どれくらい続けた?」
「卒業まで」
「マジかよ」
「お前らがいないの、最初は結構きつかったけどな」
その言葉に、少しだけ空気が静かになった。
しょうぶは笑った。
「でも、大学で新しい仲間もできた。楽しかったよ」
「そっか」
るいが笑う。
「よかったな」
「……うん」
それだけだった。
けれど。
六人には、それで十分だった。
高校時代の六人は、もういない。
でも。
あの日々を知っている六人は、ここにいる。
---
食事を終えたころ。
るいが突然言った。
「……なあ」
「ん?」
「今日さ」
るいは少しだけ間を置いた。
「先生たちに会いに行かない?」
全員が顔を上げた。
「佐々木先生?」
「うん」
「相澤先生も?」
「もちろん」
少しの沈黙。
そして。
しょうぶが笑った。
「……行こうぜ」
「俺も行きたい」
ゆうとが続く。
「俺、先生たちに話したいことある」
「俺も」
れいも言った。
たくやが笑う。
「なんか緊張するな」
りょうたが小さく笑った。
「高校卒業して六年も経つのに?」
「いや、先生に会うときって、いつまで経っても緊張するだろ」
「……それは分かる」
六人は笑った。
そして。
高校時代、何度も通った場所へ向かった。
---
体育館の前に立った瞬間。
六人の足が止まった。
「……変わってないな」
るいが呟く。
扉。
廊下。
体育館の入り口。
あの頃と同じようで。
でも、自分たちだけが大きく変わった。
るいが扉を開けた。
体育館の中から、ボールの音が聞こえてくる。
ドン。
ドン。
ドン。
そして。
「……誰だ?」
聞き覚えのある声。
六人が一斉に振り向いた。
そこにいたのは。
佐々木先生だった。
少しだけ白髪が増えていた。
でも。
あの頃と同じ顔だった。
「……先生」
るいが笑った。
佐々木先生は一瞬、言葉を失った。
「……お前ら」
一人ずつ顔を見る。
るい。
しょうぶ。
りょうた。
ゆうと。
れい。
たくや。
「……お前らかよ」
その声が少し震えた。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
六人が頭を下げる。
すると。
佐々木先生は笑った。
「……なんだよ」
「何がですか?」
「お前ら、全然変わってないじゃねえか」
「先生もですよ」
「俺は変わったよ」
「白髪増えました?」
たくやが言う。
「おい、たくや」
全員が笑った。
その笑い声に。
佐々木先生も笑った。
---
その後。
体育館の奥から、もう一人の先生が現れた。
「……あれ?」
相澤先生だった。
「お前ら……?」
「相澤先生!」
「久しぶりです!」
「お前ら、六人揃ってるのかよ」
相澤先生も驚いたように目を丸くした。
「成人式のとき以来か?」
「そうですね」
「大人になったなあ」
「先生もですよ」
「俺は昔から大人だ」
「いや、それは違う」
ゆうとが即答した。
「お前なあ!」
また笑い声が起きる。
六人と二人の先生。
久しぶりなのに。
不思議なくらい、昔のままだった。
---
しばらく話したあと。
るいが言った。
「先生」
「ん?」
「今日は、報告しに来たんです」
佐々木先生が首を傾げる。
「報告?」
「はい」
るいは少しだけ緊張したように息を吸った。
「俺、就職しました」
「知ってるぞ」
「……え?」
「会社から聞いた」
「なんでですか」
「お前が入った会社、うちの大会でも関わってるからな」
「そうなんだ……」
るいが笑う。
「今、スポーツ用品を扱う仕事をしています」
「うん」
「高校のときは、スポーツをする側だったけど」
一度、体育館を見る。
「今は、スポーツをする人を支える側になりました」
佐々木先生は何も言わなかった。
ただ、頷いた。
「……夢、叶えましたよ」
るいが言った。
その瞬間。
佐々木先生の目が少し赤くなった。
「……そうか」
短い言葉だった。
でも。
それだけで、十分だった。
---
「次、俺いい?」
りょうたが口を開いた。
「俺も、るいと同じ会社です」
「知ってる」
「高校のときは、るいと一緒にプレーしてましたけど」
少し笑って。
「今は、一緒にスポーツを支える仕事してます」
「……そうか」
「同じ会社に入ったのも、偶然じゃないと思ってます」
るいを見る。
「こいつと一緒に仕事するの、結構楽しいんで」
「お前、本人の前で言うなよ」
「なんで?」
「恥ずかしいだろ」
「高校のときから一緒だったじゃん」
「……まあな」
二人が笑う。
佐々木先生も笑った。
「お前ららしいよ」
そして。
「夢、叶えたんだな」
「はい」
二人が同時に答えた。
---
次に、しょうぶが前に出た。
「俺は……」
少しだけ黙る。
「大学でもバスケを続けました」
佐々木先生が頷く。
「最初は迷いました」
「うん」
「高校のときの仲間より大切な仲間なんて、これからできるのかなって」
六人が黙って聞いていた。
「でも、できました」
しょうぶは笑った。
「高校とは違う仲間ができました」
「それはよかったな」
「はい」
そして。
「今は、スポーツドリンクの会社で働いてます」
相澤先生が言う。
「お前らしいな」
「選手が試合中に飲むものを作る側です」
しょうぶは体育館を見た。
「高校のとき、先生が言ってたじゃないですか」
佐々木先生を見る。
「『選手がコートに立つために、いろんな人が支えてる』って」
「……そんなこと言ったか?」
「言いました」
「覚えてないな」
「俺は覚えてます」
しょうぶが笑う。
「だから俺も、今度は支える側になりたかった」
そして。
「……夢、叶えましたよ」
佐々木先生は、静かに頷いた。
「お前なら、そうなると思ってたよ」
---
「次、俺」
ゆうとが手を挙げた。
「俺、先生になりました」
「……知ってる」
相澤先生が笑う。
「今、中学校で働いてます」
「そうか」
「それで……」
少し照れくさそうに笑う。
「バスケ部の顧問もしてます」
佐々木先生が笑った。
「やっぱりな」
「高校のとき、先生たちを見てて」
ゆうとは二人を見る。
「俺もこんな先生になりたいって、ずっと思ってました」
「……」
「怒るだけじゃなくて」
「……」
「選手が失敗したとき、一緒に悩んで」
「……」
「頑張ってるときは、ちゃんと見てて」
「……」
「最後まで信じられる先生になりたいって」
ゆうとの目が少し潤む。
「まだ全然、先生たちみたいにはなれてないけど」
そして。
「今、夢の途中です」
佐々木先生が笑った。
「それでいい」
「……はい」
「教師は、完成したら終わりだ」
「え?」
「毎年、生徒から教えてもらうんだよ」
ゆうとが涙を拭った。
「……はい」
---
「俺も」
れいが前に出た。
「大学、工学系に行きました」
「聞いてる」
「今は、スポーツシューズの開発に関わってます」
相澤先生が笑った。
「お前らしいな」
「高校のとき、俺は守ることしかできなかったから」
れいが少し笑う。
「だから今度は、シューズで選手を守りたいと思って」
「……」
「踏ん張るときに、ちゃんと踏ん張れる」
「……」
「守るときに、ちゃんと守れる」
「……」
「そういうシューズを作りたい」
れいは先生を見る。
「まだ完成してないです」
そして。
「でも、いつか絶対作ります」
相澤先生が頷いた。
「楽しみにしてる」
「はい」
---
最後に。
たくやが前に出た。
「俺は……」
いつものように笑おうとした。
でも。
今日は、笑えなかった。
「整骨院で働いてます」
「うん」
「高校のとき、試合に出る時間はそんなに多くなかったから」
少しだけ俯く。
「その分、身体のことを勉強しました」
「……」
「ストレッチとか、身体のケアとか」
そして。
「今は、選手の身体を支える仕事をしています」
たくやは顔を上げた。
「試合に出てる選手だけじゃなくて」
「……」
「試合に出られない選手も」
「……」
「怪我してる選手も」
「……」
「もう一回コートに立ちたいって思ってる選手も」
声が少し震える。
「全員を支えられる人になりたいです」
そして。
「……俺も、夢を叶えましたよ」
相澤先生が笑った。
「うん」
「先生……」
「ちゃんと叶えてるじゃないか」
その一言で。
たくやの目から、涙が落ちた。
「……はい」
---
六人の報告が終わった。
体育館に、静かな時間が流れる。
佐々木先生が六人を見る。
「……なあ」
「はい」
「お前ら」
少し笑う。
「全員、バスケから離れてないんだな」
六人は顔を見合わせた。
「……そうですね」
るいが答える。
「結局、好きなんですよ」
りょうたが言う。
「バスケが」
しょうぶが笑う。
「俺たち、バスケしか知らないからな」
ゆうとが続ける。
「でも」
れいが言った。
「それでよかったと思ってます」
たくやが笑った。
「俺も」
---
そのとき。
体育館の外から、大きな声が聞こえた。
「お願いします!」
六人が振り返る。
そこには、今のチームの選手たちがいた。
佐々木先生と相澤先生が指導しているチーム。
男子も女子も。
全国大会優勝を目指しているチームだった。
「全国、狙ってるんですか?」
しょうぶが聞く。
佐々木先生が笑った。
「ああ」
「本気で?」
「本気だ」
相澤先生も笑う。
「男子も女子も、今年は全国優勝を狙ってる」
「……すげえ」
六人はコートを見る。
そこには。
高校時代の自分たちと同じような顔をした選手たちがいた。
必死にボールを追って。
声を出して。
転んでも立ち上がって。
仲間を励まして。
るいは、少しだけ笑った。
「……俺たちも、何かできませんか?」
佐々木先生が振り返った。
「何?」
「応援とか」
「それだけじゃなくて」
りょうたが続ける。
「会社としても」
しょうぶが言う。
「俺の会社からも」
たくやも笑った。
「身体のサポートならできます」
れいが続く。
「シューズも」
ゆうとが笑う。
「俺は……選手たちに声かけるくらいしかできないけど」
佐々木先生は六人を見つめた。
そして。
笑った。
「……お前ら」
「はい」
「本当に、先生の教え子か?」
「え?」
「お節介なところまで昔のままだな」
全員が笑った。
---
そして。
数か月後。
全国大会。
男子部門。
女子部門。
どちらも決勝まで勝ち上がった。
六人も会場にいた。
るいの会社は、チームのスポーツ用品を支援した。
しょうぶの会社は、選手たちをスポーツドリンクで支えた。
れいは、開発に関わったシューズを選手たちへ届けた。
たくやは、身体のケアを担当した。
ゆうとは、教員として、そしてかつての教え子として応援席にいた。
りょうたは、るいの隣に座っていた。
「……なんか不思議だな」
「何が?」
「高校のとき、俺たちが見てた全国大会を」
「今は、支える側で見てる」
「うん」
るいはコートを見た。
「先生たちのチームを」
---
試合終了。
男子。
優勝。
女子。
優勝。
両方とも全国大会優勝。
体育館中に歓声が響いた。
佐々木先生が泣いていた。
相澤先生も泣いていた。
選手たちが抱き合う。
そして。
六人も立ち上がった。
「先生ー!」
るいが叫んだ。
佐々木先生が振り向く。
六人が笑っている。
泣いている。
手を叩いている。
その顔を見た瞬間。
佐々木先生は、また泣いた。
---
表彰式が終わったあと。
先生たちが六人のところへ来た。
「お前ら」
佐々木先生が言う。
「ありがとう」
「俺たち何もしてないですよ」
「いや」
佐々木先生は首を振った。
「お前らがいたからだ」
「……」
「このチームが全国で優勝したことも嬉しい」
「……」
「でもな」
先生は六人を見る。
「俺は今日、お前らを見てた」
六人が黙る。
「高校卒業したときは、こんな未来になるなんて思わなかった」
「……」
「それぞれ違う道に進んで」
「……」
「でも、結局みんなスポーツのところに戻ってきた」
佐々木先生の声が震える。
「お前らは、あの日の負けを無駄にしなかったんだな」
るいの目に涙が浮かんだ。
「……先生」
「なんだ」
「俺たち」
るいは笑った。
「ちゃんと、あの日の続きに来られました」
佐々木先生は、何も言えなかった。
ただ。
六人を順番に見た。
そして。
「……そうだな」
小さく笑った。
「お前らの青春は、終わってなかったんだな」
---
その言葉を聞いて。
六人は、高校最後の試合を思い出した。
県大会ベスト8。
しょうぶが足をつった。
りょうたが足を痛めた。
前日に怪我をしていたるい。
それでも最後まで戦った。
負けた。
泣いた。
先生の前で。
家族の前で。
仲間の前で。
あの日は。
何もかも終わったと思っていた。
もう六人でコートに立つことはない。
もう一緒に練習することもない。
もう、あの時間には戻れない。
そう思っていた。
でも。
違った。
るいはスポーツを支える仕事をしている。
りょうたも同じ会社で働いている。
しょうぶは選手を支える飲料を作っている。
ゆうとは次の世代を育てている。
れいは選手を守るシューズを作ろうとしている。
たくやは選手の身体を支えている。
そして。
六人が支えたチームが。
今日。
全国の頂点に立った。
---
相澤先生が六人の前に立った。
「お前ら」
「はい」
「高校のとき、言ったよな」
「……何をですか?」
「『お前らは、自分たちが思ってるよりずっとすごい』って」
六人が頷く。
「今なら、もっと言える」
相澤先生は笑った。
「お前らは、あの頃よりずっとすごい」
「……」
「だって」
先生は優しく言った。
「自分たちがもらったものを、今度は誰かに渡してるじゃないか」
その言葉に。
誰も返事ができなかった。
六人とも泣いていた。
---
最後に。
るいが言った。
「先生」
「ん?」
「ありがとうございました」
「……」
「俺たちに、バスケを教えてくれて」
りょうたが続く。
「仲間の大切さを教えてくれて」
しょうぶが言う。
「負けても、前を向くことを教えてくれて」
ゆうとが言う。
「人を支えることを教えてくれて」
れいが言う。
「自分の言葉を大切にすることを教えてくれて」
たくやが言う。
「頑張ることは、誰かがちゃんと見てくれてるって教えてくれて」
六人が顔を見合わせた。
そして。
「ありがとうございました」
六人の声が重なった。
佐々木先生は俯いた。
肩が震えていた。
相澤先生も、目元を押さえた。
しばらくして。
佐々木先生が顔を上げた。
「……こちらこそ」
声が震えていた。
「ありがとう」
そして。
「お前らの先生になれて」
一度、言葉を止める。
「本当によかった」
六人の涙が、また溢れた。
---
帰り道。
六人は並んで歩いていた。
高校時代のように。
でも。
もう制服ではない。
それぞれ違う服。
それぞれ違う仕事。
それぞれ違う人生。
それでも。
歩く速度は、昔と同じだった。
「なあ」
しょうぶが言う。
「また集まろうぜ」
「当たり前だろ」
ゆうとが笑う。
「次はいつ?」
「一年後」
れいが言う。
「じゃあ、来年もここで」
たくやが言った。
「約束な」
六人が手を重ねる。
高校最後の日と同じように。
「せーの」
「またな」
手を離す。
それぞれの道へ歩き出す。
---
夜。
るいは一人で家に帰った。
鞄を置いて。
窓を開ける。
夜空を見上げる。
ふと。
高校最後の体育館を思い出した。
負けた日のこと。
泣いたこと。
先生の言葉。
家族の温かさ。
六人で笑ったこと。
そして。
今日。
先生たちの全国優勝を見届けたこと。
るいは小さく笑った。
「……先生」
誰もいない部屋で呟く。
「俺たち」
少しだけ目を閉じる。
「ちゃんと、頑張ってますよ」
---
あの日。
六人は、県大会ベスト8で終わった。
全国には届かなかった。
優勝もできなかった。
最後の試合で、悔しくて泣いた。
あの涙は。
負けた証だった。
でも。
今なら分かる。
あの涙は。
終わりの涙じゃなかった。
始まりの涙だった。
あの日、六人が悔しくて流した涙が。
それぞれの未来を動かして。
誰かを支える力になって。
次の世代へ繋がって。
そして今日。
先生たちのチームが、日本一になった。
六人は、その瞬間を支える側にいた。
高校時代には想像もできなかった未来。
でも。
確かに。
あの日の続きだった。
---
青春は。
卒業した瞬間に終わるものじゃない。
一緒に汗を流した時間も。
悔しくて泣いた日も。
先生に怒られた日も。
仲間と笑った日も。
全部。
その後の人生に残っていく。
そして。
誰かからもらったものを。
今度は、自分が誰かに渡していく。
それが。
六人が過ごした三年間の意味だった。
県大会ベスト8。
それだけを見れば。
優勝には届かなかった。
でも。
六人が残したものは。
それだけじゃなかった。
先生たちに残したもの。
家族に残したもの。
後輩たちに残したもの。
そして。
これから先、六人が出会う人たちに渡していくもの。
それは。
ずっと続いていく。
---
最後の夜。
六人のグループLINEに、一枚の写真が送られてきた。
今日の全国優勝の写真。
佐々木先生と相澤先生。
そして。
優勝した選手たち。
その写真の下に。
佐々木先生から一言。
『お前らがいたから、今日がある。』
少しして。
相澤先生から。
『これからも、それぞれの場所で頑張れ。』
そして最後に。
『またいつか、六人で来い。』
六人は画面を見つめた。
誰もすぐには返信しなかった。
やがて。
るいが送った。
『はい。』
りょうた。
『必ず。』
しょうぶ。
『また会いましょう。』
ゆうと。
『次は俺たちが、誰かの力になります。』
れい。
『約束します。』
たくや。
『先生たちも、ずっと元気でいてください。』
既読が六つついた。
その夜。
六人は、それぞれの場所で空を見上げた。
同じ空だった。
高校時代。
六人が体育館の窓から見上げていた空と。
何も変わらない空。
変わったのは。
六人の人生だった。
でも。
変わらないものもあった。
仲間を思う気持ち。
バスケットボールが好きだという気持ち。
そして。
あの日々を、一生忘れないということ。
---
**あのとき、負けたから。**
悔しくて。
泣いて。
それでも前を向いたから。
六人は、それぞれの夢を見つけた。
そして。
その夢は。
誰かを支える夢になった。
誰かの背中を押す夢になった。
誰かの未来を守る夢になった。
高校最後の試合で流した涙は。
決して、無駄じゃなかった。
あの涙が。
今日という日に繋がっていた。
---
県大会ベスト8。
それが。
六人の高校バスケの最後の結果だった。
だけど。
六人の物語は。
そこで終わらなかった。
むしろ。
そこから始まった。
六人がそれぞれの場所で歩き。
誰かを支え。
誰かに支えられ。
また誰かの夢を繋いでいく。
そしていつか。
今日の選手たちが大人になったとき。
きっとまた。
誰かに言うのだろう。
「俺たちにも、昔、こんな先生がいたんだ」
「こんな仲間がいたんだ」
「こんな青春があったんだ」
と。
その言葉が。
また次の誰かへ繋がっていく。
そうやって。
青春は。
終わらない。
---
**六人の青春は、あの日の敗戦で終わったんじゃない。**
**あの日、涙を流したところから。**
**それぞれの人生の中で、ずっと続いていた。**
そして。
これからも。
ずっと。
**――完。**



