城見町は、人口四千人の山あいの町である。駅はなく、主な産業は農業と石灰の採掘。平成の三十年ほどで、人口はほぼ半分になった。
夏祭りは、この町のほとんど唯一の大きな行事だった。毎年八月の第一日曜日。河川敷に屋台が並び、夜には打ち上げ花火が上がる。二十年前――平成十八年八月六日の祭りは、火事で中断された。
翌日、柚木と拓海は、城見警察署の記録室で当時の火災調査書を読んでいた。書類は日に焼け、綴じ紐が緩んでいた。
「出火場所は河川敷北側の倉庫。出火時刻は午後九時頃。地元消防団の到着が九時二十分、消防署の到着が九時四十分」
拓海が、報告書のページをめくった。
「死亡したのは倉庫管理責任者の谷村幸治さん、当時三十八歳。焼死。ほかに負傷が二名。軽い火傷の七歳の男児と、それから……ここには『十六歳、身元不明の少年』とあります。後の調べで木戸浩太と判明。『倉庫内にいた理由は屋台の設営手伝いのため。出火時、近くにいた男児を抱えて屋外に出た。その際に両腕に火傷を負った』」
柚木は目を閉じて聞いていた。
「つまりこの報告書には、放火の二文字がどこにもない」
「はい。出火原因は『倉庫内配線の漏電によるものと推定される』。事件性なし、です」
「では、なぜ木戸浩太が放火犯にされた」
「記録には出てきません。ただ、附記があります。『その後、町民からの聞き取りにおいて、出火当時の状況につき供述に食い違いがあり、引き続き調査を要する』……ですが、続きの記録がありません。ここで途切れています」
「途切れている、か」
柚木は、綴じ紐の緩んだ書類の背を指でなぞった。
「書類というのは、勝手には途切れない。誰かが続きを書かなかったか、書いた続きを抜いたか、どちらかだ」
当時の担当者はすでに退職し、県外に転居していた。代わりに話を聞けたのは、現在の署長の城丸という五十代の警察官だった。彼は当時、この署の若い刑事だった。
「覚えていますよ。忘れられるものじゃない」
城丸は、応接の椅子で遠くを見る目をした。
「火事のあと、町民から声が出たんです。倉庫の管理が杜撰だったんじゃないか、と。調べてみると、火事の少し前に、倉庫で配線と配管の改修工事をやっていた。その工事が、どうも怪しかった。安く請けた業者が、かなりの手抜きをしていたらしい」
「その業者は」
「調べようとしたところで、上から待ったがかかりました。正式な命令じゃない。ただ、なんとなく、その筋の調べだけが後回しになっていって、そのうち――町の中で、噂のほうが先に走り出したんです。火をつけたのはあの子だ、という噂がね。気がついたら漏電の調べは終わっていて、噂だけが残っていた」
「その工事を発注したのは、誰です」
「祭りの実行委員会です。委員長は」
城丸は、少し間を置いた。
「高瀬昭悟。今の町議です」
拓海のペンが止まった。
「昨日、役場でわれわれを案内してくれた人です」
「ええ。当時から町の顔役でした。工事を請けた業者は、高瀬さんの息のかかった会社です。火事の原因が工事の手抜きだったとなれば、発注した委員長の責任問題になる。町の補償問題にもなる。……ところが放火なら、話は全部ひっくり返る。悪いのは火をつけた人間一人で、倉庫も工事も関係なくなる。おまけに」
「保険、ですか」
柚木が静かに言った。城丸は頷いた。
「倉庫と備品には火災保険が掛かっていました。失火や過失なら揉める。放火なら、すんなり下りる。実際、下りたんです。その金が、火事の後の高瀬さんの事業の元手になったと言う者もいます。もっとも、証拠はない。二十年前の話です」
「城丸さん」
柚木は、湯呑みを置いた。
「あなたは当時、若い刑事だった。おかしいとは思わなかったんですか」
城丸は、長いこと黙っていた。
「思いました」
やがて、絞り出すように言った。
「思いましたが、私は何もしなかった。上が動かないのだから仕方がない、と自分に言い聞かせて。……あの子が死体で帰ってきたと聞いてから、毎晩そのことを考えています」
「そうですか」
柚木は、それ以上責めなかった。ただ、立ち上がる前に一言だけ言った。
「二十年前に書かれなかった続きを、今から書きます。手を貸してもらえますか」
「……はい」
城丸は、深く頭を下げた。
署を出る間際、城丸は二人を廊下の端まで送ってきて、声を落とした。
「柚木さん。一つだけ覚えておいてください。この町で聞き込みをやると、話はその日のうちに高瀬さんの耳に入ります。悪気のある密告じゃない。町の者は、何かあったら高瀬さんに知らせておく。それがこの五十年の習慣なんです。雨が降っても、熊が出ても、刑事が来ても」
「結構です」
柚木は、事もなげに言った。
「筒抜けの町では、署長さん、こちらの動きを隠すより、向こうの動きを読むほうが早い。われわれが誰を訪ねたかを全部知っている人間が、それでも慌てて動かざるを得なくなったら――そのときが勝負所です」
午後、二人は町を歩いた。聞き込みではなく、ただ歩いた。商店街はシャッターが半分下り、道端の空き家が雨に朽ちていた。
それでも、人はいた。そして、刑事が歩いていることに町はすぐに気づいた。
金物屋の前で立ち話をしていた老人たちが、二人を見て声を落とした。すれ違いざま、切れ端だけが耳に入った。
「……あの子の件だろう」
「今さら何を調べるというんだ」
「死んだのなら、それで終わりでいいじゃないか」
拓海は振り返りそうになり、やめた。
「聞こえました?」
「聞こえた」
柚木は、前を向いたまま歩いた。
「三雲。この町には地図が二枚ある」
「二枚?」
「一枚は普通の地図だ。役場があって、学校があって、川がある。もう一枚は目に見えない地図だ。誰が誰を恨んでいるか、誰が誰に頭が上がらないか、どの家とどの家が口をきかないか。……事件はな、たいてい二枚目の地図の上で起こる」
「この町の二枚目の地図は」
「真ん中に高瀬がいて、その周りに高瀬に世話になった家が並んでいる。仕事、金、口利き。二十年かけて描かれた地図だ。そして、その地図の一番外れに」
「木戸さんの家」
「そういうことだ」
商店街の外れの家で、二人は退職した教師を訪ねた。浩太の中学時代の担任だった矢部という女性は、刑事の来意を聞くと、黙って奥へ入り、古い紙挟みを抱えて戻ってきた。
「いつか、誰かが来る気がしていました」
紙挟みの中には、黄ばんだ原稿用紙が一枚入っていた。中学二年の作文。題は「将来の夢」。癖のある、一生懸命に整えようとした鉛筆の字が並んでいた。
――僕の夢は大工になることです。谷村のおっちゃんみたいな大工です。おっちゃんは、まがった柱でも捨てません。まがりを見て、使える場所をさがします。人にもそうです。僕は、まがった子どもだとよく言われるので、おっちゃんの弟子になれてよかったです。
拓海は、二度読んだ。
「よく書けている、と褒めたら」
矢部は、目を細めた。
「あの子、真っ赤になって、先生、それ誰にも見せないでください、と。……火事のあと、学校でもあの子は火付けにされました。職員室でもです。私は、この作文を机に叩きつけて、この子がそんなことをするものですか、と言いたかった。言いたかったけれど、言わなかった。定年まであと三年、揉め事を起こしたくなかったんです。……教師失格でしょう」
「先生」
柚木は、原稿用紙を丁寧に挟み直し、押し戴くようにして返した。
「二十年、これを捨てなかった。私はそれを、失格だった人のすることだとは思いません。……この作文は、いずれ正式にお借りすることになると思います。そのときは、よろしくお願いします」
「いくらでも。……刑事さん。あの子の字は、まだどこかに残っているんですか」
「それをこれから探します」
夕方、役場の資料室で、二人は祭りの記録を調べた。二十年前の実行委員会の名簿。倉庫の改修工事の起案書。花火の発注書。保険の書類。
保険金の支払い記録は、火事の四カ月後の日付だった。そしてその翌月、高瀬の建設会社は石灰採掘の関連事業に進出している。銀行からの融資の保証枠も、この時期に大きく広がっていた。
「時系列は、綺麗に並んでいますね」
拓海が言った。
「火事。放火の噂。保険金。事業拡大」
「並びすぎているくらいだ」
柚木は、書類の束を揃えて置いた。
「ただな、三雲。並んでいるだけでは、まだ何も言えない。偶然でも同じ並びはできる。俺たちの仕事は、並べることじゃなく、繋がっていることの確認だ。工事の中身、業者の行方、保険の査定書、金の流れ。一本ずつ、糸を手繰る」
「はい」
「それと、もう一つ気になっていることがある」
「なんですか」
「浩太は、なぜ今年、帰ってきた」
柚木は、窓の外の暮れかけた町を見た。
「二十年逃げ切った男が、今さら戻る理由はなんだ。それも、祭りの直前のこの時期にだ。身元も持たない男が、死ぬ間際に、わざわざ憎まれている町へ帰ってきた。……人間がそこまでして帰る理由は、そう何個もない」
「母親、ですか」
「かもしれん。ほかにもあるかもしれん。どちらにしてもな」
柚木は、資料室の灯りを消した。
「この事件の始まりは二十年前の八月だが、終わりはまだ来ていない。俺にはそんな気がする」
役場を出ると、川の方から風が吹いてきた。暮れた川面の上に、今夜も蛍が出始めていた。
拓海は、ふと思った。二十年前の夏も、この蛍は同じように舞っていたのだろうか。倉庫が燃える炎の横で、この小さな光は何を見ていたのだろうか。
夏祭りは、この町のほとんど唯一の大きな行事だった。毎年八月の第一日曜日。河川敷に屋台が並び、夜には打ち上げ花火が上がる。二十年前――平成十八年八月六日の祭りは、火事で中断された。
翌日、柚木と拓海は、城見警察署の記録室で当時の火災調査書を読んでいた。書類は日に焼け、綴じ紐が緩んでいた。
「出火場所は河川敷北側の倉庫。出火時刻は午後九時頃。地元消防団の到着が九時二十分、消防署の到着が九時四十分」
拓海が、報告書のページをめくった。
「死亡したのは倉庫管理責任者の谷村幸治さん、当時三十八歳。焼死。ほかに負傷が二名。軽い火傷の七歳の男児と、それから……ここには『十六歳、身元不明の少年』とあります。後の調べで木戸浩太と判明。『倉庫内にいた理由は屋台の設営手伝いのため。出火時、近くにいた男児を抱えて屋外に出た。その際に両腕に火傷を負った』」
柚木は目を閉じて聞いていた。
「つまりこの報告書には、放火の二文字がどこにもない」
「はい。出火原因は『倉庫内配線の漏電によるものと推定される』。事件性なし、です」
「では、なぜ木戸浩太が放火犯にされた」
「記録には出てきません。ただ、附記があります。『その後、町民からの聞き取りにおいて、出火当時の状況につき供述に食い違いがあり、引き続き調査を要する』……ですが、続きの記録がありません。ここで途切れています」
「途切れている、か」
柚木は、綴じ紐の緩んだ書類の背を指でなぞった。
「書類というのは、勝手には途切れない。誰かが続きを書かなかったか、書いた続きを抜いたか、どちらかだ」
当時の担当者はすでに退職し、県外に転居していた。代わりに話を聞けたのは、現在の署長の城丸という五十代の警察官だった。彼は当時、この署の若い刑事だった。
「覚えていますよ。忘れられるものじゃない」
城丸は、応接の椅子で遠くを見る目をした。
「火事のあと、町民から声が出たんです。倉庫の管理が杜撰だったんじゃないか、と。調べてみると、火事の少し前に、倉庫で配線と配管の改修工事をやっていた。その工事が、どうも怪しかった。安く請けた業者が、かなりの手抜きをしていたらしい」
「その業者は」
「調べようとしたところで、上から待ったがかかりました。正式な命令じゃない。ただ、なんとなく、その筋の調べだけが後回しになっていって、そのうち――町の中で、噂のほうが先に走り出したんです。火をつけたのはあの子だ、という噂がね。気がついたら漏電の調べは終わっていて、噂だけが残っていた」
「その工事を発注したのは、誰です」
「祭りの実行委員会です。委員長は」
城丸は、少し間を置いた。
「高瀬昭悟。今の町議です」
拓海のペンが止まった。
「昨日、役場でわれわれを案内してくれた人です」
「ええ。当時から町の顔役でした。工事を請けた業者は、高瀬さんの息のかかった会社です。火事の原因が工事の手抜きだったとなれば、発注した委員長の責任問題になる。町の補償問題にもなる。……ところが放火なら、話は全部ひっくり返る。悪いのは火をつけた人間一人で、倉庫も工事も関係なくなる。おまけに」
「保険、ですか」
柚木が静かに言った。城丸は頷いた。
「倉庫と備品には火災保険が掛かっていました。失火や過失なら揉める。放火なら、すんなり下りる。実際、下りたんです。その金が、火事の後の高瀬さんの事業の元手になったと言う者もいます。もっとも、証拠はない。二十年前の話です」
「城丸さん」
柚木は、湯呑みを置いた。
「あなたは当時、若い刑事だった。おかしいとは思わなかったんですか」
城丸は、長いこと黙っていた。
「思いました」
やがて、絞り出すように言った。
「思いましたが、私は何もしなかった。上が動かないのだから仕方がない、と自分に言い聞かせて。……あの子が死体で帰ってきたと聞いてから、毎晩そのことを考えています」
「そうですか」
柚木は、それ以上責めなかった。ただ、立ち上がる前に一言だけ言った。
「二十年前に書かれなかった続きを、今から書きます。手を貸してもらえますか」
「……はい」
城丸は、深く頭を下げた。
署を出る間際、城丸は二人を廊下の端まで送ってきて、声を落とした。
「柚木さん。一つだけ覚えておいてください。この町で聞き込みをやると、話はその日のうちに高瀬さんの耳に入ります。悪気のある密告じゃない。町の者は、何かあったら高瀬さんに知らせておく。それがこの五十年の習慣なんです。雨が降っても、熊が出ても、刑事が来ても」
「結構です」
柚木は、事もなげに言った。
「筒抜けの町では、署長さん、こちらの動きを隠すより、向こうの動きを読むほうが早い。われわれが誰を訪ねたかを全部知っている人間が、それでも慌てて動かざるを得なくなったら――そのときが勝負所です」
午後、二人は町を歩いた。聞き込みではなく、ただ歩いた。商店街はシャッターが半分下り、道端の空き家が雨に朽ちていた。
それでも、人はいた。そして、刑事が歩いていることに町はすぐに気づいた。
金物屋の前で立ち話をしていた老人たちが、二人を見て声を落とした。すれ違いざま、切れ端だけが耳に入った。
「……あの子の件だろう」
「今さら何を調べるというんだ」
「死んだのなら、それで終わりでいいじゃないか」
拓海は振り返りそうになり、やめた。
「聞こえました?」
「聞こえた」
柚木は、前を向いたまま歩いた。
「三雲。この町には地図が二枚ある」
「二枚?」
「一枚は普通の地図だ。役場があって、学校があって、川がある。もう一枚は目に見えない地図だ。誰が誰を恨んでいるか、誰が誰に頭が上がらないか、どの家とどの家が口をきかないか。……事件はな、たいてい二枚目の地図の上で起こる」
「この町の二枚目の地図は」
「真ん中に高瀬がいて、その周りに高瀬に世話になった家が並んでいる。仕事、金、口利き。二十年かけて描かれた地図だ。そして、その地図の一番外れに」
「木戸さんの家」
「そういうことだ」
商店街の外れの家で、二人は退職した教師を訪ねた。浩太の中学時代の担任だった矢部という女性は、刑事の来意を聞くと、黙って奥へ入り、古い紙挟みを抱えて戻ってきた。
「いつか、誰かが来る気がしていました」
紙挟みの中には、黄ばんだ原稿用紙が一枚入っていた。中学二年の作文。題は「将来の夢」。癖のある、一生懸命に整えようとした鉛筆の字が並んでいた。
――僕の夢は大工になることです。谷村のおっちゃんみたいな大工です。おっちゃんは、まがった柱でも捨てません。まがりを見て、使える場所をさがします。人にもそうです。僕は、まがった子どもだとよく言われるので、おっちゃんの弟子になれてよかったです。
拓海は、二度読んだ。
「よく書けている、と褒めたら」
矢部は、目を細めた。
「あの子、真っ赤になって、先生、それ誰にも見せないでください、と。……火事のあと、学校でもあの子は火付けにされました。職員室でもです。私は、この作文を机に叩きつけて、この子がそんなことをするものですか、と言いたかった。言いたかったけれど、言わなかった。定年まであと三年、揉め事を起こしたくなかったんです。……教師失格でしょう」
「先生」
柚木は、原稿用紙を丁寧に挟み直し、押し戴くようにして返した。
「二十年、これを捨てなかった。私はそれを、失格だった人のすることだとは思いません。……この作文は、いずれ正式にお借りすることになると思います。そのときは、よろしくお願いします」
「いくらでも。……刑事さん。あの子の字は、まだどこかに残っているんですか」
「それをこれから探します」
夕方、役場の資料室で、二人は祭りの記録を調べた。二十年前の実行委員会の名簿。倉庫の改修工事の起案書。花火の発注書。保険の書類。
保険金の支払い記録は、火事の四カ月後の日付だった。そしてその翌月、高瀬の建設会社は石灰採掘の関連事業に進出している。銀行からの融資の保証枠も、この時期に大きく広がっていた。
「時系列は、綺麗に並んでいますね」
拓海が言った。
「火事。放火の噂。保険金。事業拡大」
「並びすぎているくらいだ」
柚木は、書類の束を揃えて置いた。
「ただな、三雲。並んでいるだけでは、まだ何も言えない。偶然でも同じ並びはできる。俺たちの仕事は、並べることじゃなく、繋がっていることの確認だ。工事の中身、業者の行方、保険の査定書、金の流れ。一本ずつ、糸を手繰る」
「はい」
「それと、もう一つ気になっていることがある」
「なんですか」
「浩太は、なぜ今年、帰ってきた」
柚木は、窓の外の暮れかけた町を見た。
「二十年逃げ切った男が、今さら戻る理由はなんだ。それも、祭りの直前のこの時期にだ。身元も持たない男が、死ぬ間際に、わざわざ憎まれている町へ帰ってきた。……人間がそこまでして帰る理由は、そう何個もない」
「母親、ですか」
「かもしれん。ほかにもあるかもしれん。どちらにしてもな」
柚木は、資料室の灯りを消した。
「この事件の始まりは二十年前の八月だが、終わりはまだ来ていない。俺にはそんな気がする」
役場を出ると、川の方から風が吹いてきた。暮れた川面の上に、今夜も蛍が出始めていた。
拓海は、ふと思った。二十年前の夏も、この蛍は同じように舞っていたのだろうか。倉庫が燃える炎の横で、この小さな光は何を見ていたのだろうか。

