ずっと隣にいた君が、遠くなった春

 夏休みに入って最初の土曜日。

 小宮山家の二階にある陽菜乃の部屋には、朝から明るい日差しが差し込んでいた。

 窓の外では、せみの声が途切れることなく響いている。

 ベッドの上には、淡い水色の浴衣が広げられていた。

 白い朝顔が散った柄に、薄い桃色の帯。

「……やっぱり、ちょっと派手かな」

 鏡の前に立った陽菜乃は、浴衣を自分の体に合わせながら不安そうに首をかしげた。

「どこが?」

 後ろで髪飾りを選んでいた姉の結衣が、すぐに振り返る。

「全然派手じゃないよ。むしろ陽菜乃にぴったり」

「ほんと?」

「ほんと。絶対かわいい」

「……かわいいって言われると恥ずかしい」

「じゃあ、湊くんにも言われたくない?」

「えっ!?」

 陽菜乃の手から浴衣が落ちかけた。

「お、お姉ちゃん!」

「はいはい。分かりやすい」

「違うってば……」

 そう否定したのに。

 鏡の中の自分の頬は、もう赤くなっていた。

 今日は地元の夏祭りだ。

 川沿いの大きな公園に屋台が並び、夜には花火大会がある。

 小さい頃から毎年楽しみにしてきた行事。

 そして――。

 毎年のように、湊と一緒に行っていた。

 小学生の頃は家族みんなで。

 中学生になってからは友達も一緒に。

 去年は途中から二人で屋台を回った。

『陽菜乃、りんご飴食べるなら服につけるなよ』

『つけないよ』

『去年つけてた』

『それ小学生の時でしょう?』

 そんなやり取りまで覚えている。

 今年も。

 きっと会えると思っていた。

 でも――。

「湊くんと待ち合わせしてるんでしょ?」

 結衣の言葉に、陽菜乃は少しだけ顔を曇らせた。

「……してない」

「え?」

「今年は、美緒ちゃんたちと行くの」

「湊くんは?」

「サッカー部のみんなで行くみたい」

「へえ」

 結衣が何かを考えるように陽菜乃を見る。

 陽菜乃は浴衣を畳み直しながら、なるべく普通の声を出した。

「だから別に、一緒じゃなくてもいいの」

「陽菜乃」

「なに?」

「そういう時の『別に』って、本当は別によくないんだよね」

「……」

 図星だった。

 陽菜乃は何も言えなくなり、浴衣の白い朝顔を指先でそっとなぞった。

 本当は。

 湊に見てほしかった。

 浴衣姿で会った時、どんな顔をするのか気になっていた。

 かわいいって言ってもらえたら。

 きっと一日中、嬉しいと思う。

 でも最近。

 湊の隣には美羽がいることが増えた。

 学校でも。

 部活でも。

 帰り道でも。

 だから。

 今日だって、もしかしたら――。

「はい」

 結衣が髪飾りを差し出した。

 小さな白い花が三つ並んだものだった。

「これにしなよ」

「……かわいい」

「でしょ?」

 陽菜乃は受け取って、小さく笑う。

「今日は楽しんできな」

「うん」

「誰と会ってもね」

「……うん」

 その最後の言葉だけ、少し胸に残った。


 夕方五時。

 太陽はまだ高かったけれど、昼間ほどの暑さはなくなっていた。

 駅前には浴衣姿の人がたくさん集まっている。

 赤や紺、黄色。

 色とりどりの浴衣。

 風に揺れるうちわ。

 遠くからは、お祭り会場のアナウンスも聞こえてきた。

「陽菜乃ー!」

「美緒ちゃん!」

 改札前で手を振っている美緒を見つけ、陽菜乃も少し早足になる。

「わあ!」

 美緒が陽菜乃を見るなり、両手を合わせた。

「かわいい!」

「えっ」

「陽菜乃、その浴衣めちゃくちゃ似合ってる!」

「そ、そんな大きな声で言わないで……」

「だってほんとだもん」

 一緒に来ていたダンス部の莉子も、

「ほんと! 髪型もかわいい!」

 と褒めてくれる。

 陽菜乃は恥ずかしくて、手に持った巾着を胸の前でぎゅっと握った。

「ありがとう……」

「成瀬くん絶対びっくりするよ」

 莉子の言葉に、陽菜乃の心臓が跳ねた。

「なんで湊が出てくるの?」

「なんでって幼馴染でしょ?」

「今日は別々だよ」

「あれ? そうなの?」

「うん。サッカー部で来るんだって」

「ふーん」

 莉子が意味ありげに笑う。

 その時、美緒が陽菜乃の手を引いた。

「ほら、早く行こう。屋台混むよ!」

「うん!」

 三人で会場へ向かう。

 歩くたびに、下駄がからん、と小さな音を立てた。

 普段履き慣れたローファーとは違って、少し歩きにくい。

「陽菜乃、転ばないでね」

「美緒ちゃんまで!」

「だって陽菜乃だもん」

「今日は大丈夫!」

 胸を張った直後。

 下駄の先が道の小さな段差に引っかかった。

「わっ」

「ほら!」

 美緒に腕を支えられる。

「……今のは偶然」

「開始五分で?」

「もう……」

 三人で笑う。

 そんなやり取りをしているうちに、陽菜乃の緊張も少しずつほどけていった。


 夏祭りの会場は、たくさんの人でにぎわっていた。

 焼きそば。

 たこ焼き。

 かき氷。

 チョコバナナ。

 甘い匂いと香ばしい匂いが、夏の夜の空気に混ざっている。

「陽菜乃、何食べたい?」

「りんご飴……」

「やっぱり!」

「どうして?」

「好きじゃん」

 三人でりんご飴の屋台へ向かう。

 陽菜乃は赤いりんご飴を一つ受け取った。

 透明な飴が屋台の明かりを受け、きらきら光っている。

「服につけないようにね」

 美緒が言う。

「つけないってば」

 そう答えた瞬間。

 ある言葉を思い出した。

『陽菜乃、りんご飴食べるなら服につけるなよ』

 去年の湊。

「……」

「陽菜乃?」

「え?」

「急にどうしたの?」

「なんでもない」

 陽菜乃は笑って、りんご飴を一口かじった。

 甘い。

 でも、少しだけ胸が寂しかった。

(湊、どこにいるんだろう)

 スマホを取り出す。

 メッセージは来ていない。

 こちらから、

『今どこ?』

 と送ろうか迷う。

 指が画面の上で止まった。

「……やめよ」

 小さくつぶやいて、スマホを巾着へ戻す。

 せっかく友達と来ているのだ。

 湊のことばかり考えるのはやめよう。

 そう思った。

 その時だった。

「ねえ陽菜乃」

 莉子が少し先を指さした。

「成瀬くんじゃない?」

「え?」

 胸が跳ねる。

 反射的に顔を上げた。

 人混みの向こう。

 確かに湊がいた。

 白いTシャツに黒いパンツ。

 浴衣ではないけれど、普段の制服姿とは違って見える。

(湊……)

 見つけた瞬間。

 うれしくなった。

 声をかけようと、一歩前へ出る。

「湊――」

 でも。

 最後まで名前を呼べなかった。

 湊の隣に、美羽がいた。

 淡い黄色の浴衣。

 髪を高くまとめ、花の飾りをつけている。

 いつもの制服姿より、ずっと大人っぽく見えた。

「湊くん、待って!」

 美羽が笑いながら湊の腕を軽く引く。

「人多いから離れたら分かんなくなるよ」

「分かったって」

「こっちの屋台見ようよ!」

 美羽が湊の横に並ぶ。

 二人の後ろには、確かにサッカー部らしい男子たちもいる。

 だから。

 二人きりではない。

 分かっている。

 それなのに。

 最初に目に入ったのは、湊と美羽だった。

 二人並んだ姿が、あまりにも自然に見えた。

「陽菜乃?」

 美緒が心配そうに顔をのぞき込む。

「声かけないの?」

「……いい」

「でも」

「サッカー部のみんなといるし」

 陽菜乃は無理に笑った。

「邪魔しちゃ悪いから」

 本当は違う。

 邪魔になるのが怖かった。

 美羽の隣にいる湊へ声をかけて。

 もし湊が美羽のほうを優先したら。

 きっと、今よりもっと苦しくなる。

「行こう」

「陽菜乃……」

「金魚すくい見たい」

 くるりと背を向ける。

 でも。

 足元を見て歩いていたせいで、前から来た人に気づかなかった。

「きゃっ」

 肩がぶつかりそうになった瞬間。

「危ねえ」

 後ろから腕を引かれた。

「……え?」

 体が誰かの胸元近くへ寄る。

 顔を上げる。

「柊真くん?」

「お前、こんなとこでも下向いて歩くの?」

 そこにいたのは、水野柊真だった。

 黒いTシャツに薄い色のシャツを羽織り、普段の制服姿よりさらに少しだけ怖そうに見える。

 けれど、陽菜乃はもうその見た目を怖いとは思わなかった。

「ご、ごめん」

「俺に謝るなって何回言えば分かる?」

「……ごめ――」

「今また言おうとしただろ」

 柊真が笑う。

 陽菜乃もつられて小さく笑った。

「柊真くんも来てたんだ」

「友達に無理やり」

 柊真が少し離れた場所を指す。

 男子が三人、屋台の前でこちらを見ている。

「水野ー!」

「置いてくぞー!」

「勝手に行け!」

 柊真が返す。

 そのやり取りに、美緒と莉子も笑った。

 そして柊真が改めて陽菜乃を見る。

「……つーか」

「なに?」

 言葉が途中で止まる。

 陽菜乃は不思議そうに首をかしげた。

「どうしたの?」

「いや」

 柊真が少しだけ視線を外す。

「浴衣」

「え?」

「似合ってる」

 陽菜乃は一瞬、意味が分からなかった。

 すぐに理解して、頬が熱くなる。

「……ありがとう」

「うん」

「柊真くんに褒められると思わなかった」

「どういう意味だよ」

「だって、そういうことあんまり言わなそうだから」

「俺を何だと思ってんの」

「……怖そうな人?」

「まだそれ言う?」

「最初は、だよ!」

 二人で笑う。

 少し前まであった胸の苦しさが、ほんの少しだけやわらいだ。


「じゃあ四人で回ろうよ!」

 莉子が提案した。

「え?」

 陽菜乃が驚く。

「柊真くんの友達は?」

「もうどっか行った」

 見ると、男子たちの姿は本当になかった。

「置いていかれてるよ?」

「慣れてる」

「それでいいの?」

「どうせ後で会うし」

 結局。

 陽菜乃、美緒、莉子、柊真の四人で屋台を回ることになった。

 射的。

 輪投げ。

 かき氷。

 どこへ行っても人が多い。

 陽菜乃は浴衣の裾を気にしながら、慎重に歩いていた。

「陽菜乃、いちご味?」

 美緒がかき氷をのぞき込む。

「うん」

「やっぱり」

「どうしてみんな分かるの?」

「分かりやすいから」

 最近そればかり言われる。

「柊真くんは?」

「ブルーハワイ」

「舌青くなるよ」

「陽菜乃も赤くなるだろ」

「……ほんとだ」

 陽菜乃は少し笑った。

 その笑顔を、柊真がじっと見ていることには気づかない。

 そして。

 屋台の間を進んでいた時。

 後ろから大勢の人が一気に押し寄せてきた。

「わっ」

 陽菜乃の肩が人にぶつかる。

 美緒たちと少し離れる。

「美緒ちゃん!」

 手を伸ばしたものの届かない。

「陽菜乃!」

 柊真がすぐにこちらへ来た。

「こっち」

 手首をつかまれる。

 でも人の流れは止まらない。

 陽菜乃がまた誰かにぶつかりそうになる。

 柊真は少し迷ったあと、陽菜乃の手を握り直した。

「……え」

「はぐれるから」

「あ……うん」

 大きな手だった。

 湊以外の男の子と、こんなふうに手をつないだことはない。

 陽菜乃の心臓が急に速くなる。

「柊真くん」

「何?」

「手……」

「嫌?」

「嫌じゃないけど」

「じゃあそのまま」

 柊真は陽菜乃が人にぶつからないよう、自分が前を歩いてくれる。

 陽菜乃はその後ろをついていった。

 少し前まで。

 こういう時に手を引いてくれたのは、いつも湊だった。

(湊……)

 また考えてしまう。

 そして。

 その少し離れた場所で。

 湊がこちらを見ていたことを、陽菜乃は知らなかった。


「成瀬?」

 隣にいた悠人が声をかける。

「何止まってんの?」

 湊は答えなかった。

 視線の先。

 人混みの中。

 陽菜乃がいた。

 水色の浴衣。

 白い花の髪飾り。

 一瞬。

 誰なのか分からないくらい、いつもと雰囲気が違った。

(……かわいい)

 思った瞬間、自分で少し驚いた。

 いつも見ている幼馴染なのに。

 声をかけようと思った。

 でも。

 その隣に柊真がいた。

 しかも。

 二人は手をつないでいる。

「……水野」

 思わず名前が口から出た。

 悠人も気づく。

「あれ、陽菜乃ちゃんじゃん」

「……」

「浴衣すげえ似合ってるな」

「見るなよ」

「は?」

 湊は自分でも何を言っているのか分からなかった。

 悠人が笑う。

「お前、ほんと分かりやすい」

「何が」

「嫉妬」

「してない」

「じゃあ追いかけなくていい?」

 湊は返事をしない。

 陽菜乃と柊真の姿は、人混みの向こうへ消えていった。

 胸の奥が落ち着かない。

 今日。

 陽菜乃が浴衣を着ることも知らなかった。

 誰と来るのかも。

 水野と会うことも。

 知らないことが増えている。

 それが、思っていた以上に嫌だった。

「湊くん?」

 少し先を歩いていた美羽が戻ってきた。

「どうしたの?」

「……別に」

「また別に?」

 美羽は湊の視線の先を追う。

 でももう、陽菜乃は見えない。

「行こう。みんな待ってるよ」

「……うん」

 湊は歩き出した。

 それでも何度か。

 人混みの中に、水色の浴衣を探してしまった。


 午後七時半。

 空はすっかり暗くなっていた。

 川沿いの土手には、花火を見る人たちがたくさん集まっている。

「ここ見えそう!」

 美緒が場所を見つけ、レジャーシートへ座る。

「柊真くんも座る?」

「俺は後ろでいい」

「なんで?」

「女子三人の間に座るの落ち着かねえ」

「意外と普通なんだね」

「どういう意味?」

 みんなで笑う。

 陽菜乃も座り、夜空を見上げた。

 夏の夜の風が頬をなでる。

 昼間の暑さが少しだけ残った空気。

 遠くには屋台の明かりが続き、人々の話し声が重なっている。

 そして。

 ドンッ――!

 大きな音。

「わあ……!」

 夜空に、金色の花が大きく開いた。

 続けて赤。

 青。

 緑。

 花火の光が川面に映る。

 陽菜乃は思わず見入った。

「きれい……」

「陽菜乃」

「なに?」

 隣から柊真に呼ばれる。

 振り返る。

 柊真は花火ではなく、陽菜乃を見ていた。

「……何?」

「いや」

 少しだけ迷ってから。

「今日、来てよかった」

「花火きれいだもんね」

「そうじゃなくて」

「え?」

 陽菜乃が首をかしげる。

 柊真は一度夜空を見上げた。

「陽菜乃と回れたから」

 ドンッ!

 ちょうど大きな花火が上がり、最後の言葉が少し聞こえにくかった。

「え? 何て言ったの?」

「聞こえなかったならいい」

「気になるよ」

「秘密」

「ずるい」

 陽菜乃が笑う。

 その笑顔を見て。

 柊真も少しだけ笑った。

 花火が終わり、人の流れが駅へ向かい始めた。

「陽菜乃、下駄大丈夫?」

 美緒が聞く。

「ちょっと痛いかも……」

 慣れない下駄で歩き続けたせいか、鼻緒のところが赤くなっている。

「やっぱり」

「でも歩けるよ」

「無理すんな」

 柊真が横から言う。

「ほんとに大丈夫」

 そう言って一歩進んだ時。

「いたっ」

 小さく顔をしかめる。

 柊真がすぐに気づいた。

「大丈夫じゃねえじゃん」

「ちょっとだけだから」

「そこ座って」

「え?」

「いいから」

 近くのベンチへ連れていかれる。

 陽菜乃が座ると、柊真はコンビニでもらったらしい小さな絆創膏を取り出した。

「なんで持ってるの?」

「さっき友達が買ったやつ余ってた」

「でも……」

「ほら」

 渡され、陽菜乃は受け取る。

「ありがとう」

「今日は何回目?」

「……数えてない」

「俺も」

 二人で笑う。

 そして陽菜乃が絆創膏を貼っている時。

「陽菜乃?」

 聞き慣れた声がした。

 顔を上げる。

 そこにいたのは、湊だった。

「……湊」

 胸が大きく跳ねる。

 やっと近くで会えた。

 でも。

 湊の後ろには美羽がいる。

「足どうした?」

「下駄でちょっと……」

 湊が近づこうとする。

 しかし先に柊真が言った。

「擦れただけ。もう絆創膏貼った」

「……水野」

「何?」

 二人の視線が合う。

 空気が少しだけ変わったように感じて、陽菜乃は二人を交互に見た。

「湊?」

「……なんでもない」

 湊は陽菜乃を見る。

 その視線が、浴衣の上から髪飾りへ動く。

 陽菜乃の胸がどきどきする。

(何か……言ってくれるかな)

 少しだけ期待した。

 でも。

「その浴衣」

「……うん」

「今日着てたんだ」

「うん」

「……似合ってる」

 小さな声だった。

「え?」

 陽菜乃は目を丸くする。

 聞き間違いかと思った。

 湊は少し顔をそらす。

「だから、似合ってるって」

 胸の奥が一気に温かくなる。

「……ありがとう」

 今日。

 友達にも。

 柊真にも。

 何度もかわいいと言ってもらった。

 それなのに。

 湊の一言が、一番うれしかった。

 思わず笑った、その時。

「湊くん!」

 美羽が後ろから呼んだ。

「みんな駅行っちゃうよ」

「あ……うん」

 湊が振り返る。

 陽菜乃の胸に、また小さな痛みが戻ってくる。

「じゃあ」

「……うん」

「気をつけて帰れよ」

「湊も」

 美羽のほうへ戻る湊。

 黄色い浴衣と並んで歩いていく。

 陽菜乃は、その背中を見つめた。

 さっきまで嬉しかったはずなのに。

 また寂しくなる。

「陽菜乃」

 柊真が呼ぶ。

「帰れる?」

「うん」

 陽菜乃は小さく笑った。

「大丈夫」

 でも。

 今日一日で分かったことがある。

 湊が誰かと一緒にいると苦しい。

 湊に浴衣を褒めてもらうと、どうしようもなく嬉しい。

 そして――。

 この気持ちは。

 もう『幼馴染だから』では、ごまかせない。

 夏の夜。

 遠くでは、最後の小さな花火が一つだけ空に上がった。

 その光が消えても。

 陽菜乃の胸の中では、湊の言った、

『似合ってる』

 という言葉が、いつまでも消えずに残っていた。