「玲奈。今夜は予定を入れるな」
十九歳の誕生日の朝。
隼人からそう言われた瞬間、玲奈は手にしていたティーカップを落としそうになった。
「……今夜ですか?」
「ああ」
朝食を終えかけていた隼人は、いつものように落ち着いた顔で腕時計を確認している。
それだけ。
何の説明もない。
けれど玲奈には、その一言だけで十分だった。
今日が自分の誕生日だということを、隼人は覚えている。
それが分かったから。
「何時頃ですか?」
「十九時には戻る」
十九時。
玲奈は心の中でその数字を何度も繰り返した。
「分かりました」
なるべく普通に答える。
期待していると知られるのは少し恥ずかしい。
隼人はそんな玲奈の心など知らない様子で、コーヒーを飲み終えた。
「大学が終わったら真っ直ぐ帰れ」
「またそれですか?」
「今日は、だ」
いつもとは少し違う言い方だった。
玲奈が顔を上げる。
隼人はもう席を立っていた。
「隼人さん」
「何だ」
「今日が何の日か……」
そこまで言って、やめた。
聞く必要はない。
忘れているなら、夜を空けろとは言わないはずだ。
玲奈は小さく笑った。
「何でもありません」
隼人が少し不思議そうに玲奈を見る。
そして。
「十九歳、おめでとう」
玲奈の目が大きくなった。
ほんの短い言葉。
豪華な贈り物でもない。
それなのに胸の奥が一気に温かくなる。
「……ありがとうございます」
声が少しだけ弾んでしまった。
隼人の口元が、わずかに緩んだように見えた。
「行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
玄関へ向かう隼人の背中を、今日はいつもより長く見送った。
十九歳になった最初の朝。
それだけで、今日はきっといい一日になる。
玲奈はそう思っていた。
大学へ行けば、美緒たちが待ち構えていた。
「玲奈!」
講義室へ入った途端、頭の上から色紙が落ちてくる。
「きゃっ!」
「誕生日おめでとう!」
「ちょっと、大学で何してるの!」
玲奈は驚きながらも笑った。
机の上には小さな紙袋。
美緒のほかにも、最近仲良くなった友人たちがプレゼントを用意してくれていた。
ハンドクリーム。
イヤリング。
玲奈が好きだと言っていた作家の新刊。
高価なものではない。
だからこそ嬉しかった。
「ありがとう」
「十九歳だね」
「一つしか変わらないけど」
「でも十九って大人っぽくない?」
「十八よりはね」
玲奈は笑いながらプレゼントをバッグへしまった。
「今日、夜は?」
美緒が尋ねる。
「家に帰る」
「それだけ?」
「……隼人さんが、予定を空けておいてって」
言ってしまった。
美緒の顔が一気に明るくなる。
「え、何それ! 誕生日デート?」
「違うと思う」
「絶対そうじゃん」
「まだ何も聞いてないし」
「でも黒川さんが十九時に帰るんでしょ?」
「うん」
「玲奈、顔!」
「何?」
「嬉しそう」
玲奈は慌てて頬を押さえた。
「普通です」
「全然」
美緒が楽しそうに笑う。
玲奈は少し恥ずかしくなって窓の外へ顔を向けた。
初めてだった。
隼人と過ごす夜を、こんなにも楽しみにしているのは。
宝飾店の内覧会の時も期待した。
けれどあの日は、途中で仕事が入った。
今日は違う。
誕生日。
しかも隼人自身が予定を空けておくように言った。
(何をするんだろう)
食事だろうか。
どこかへ行くのだろうか。
もしかしたらプレゼントも――。
そこまで考えて、玲奈は自分の頬を軽く叩いた。
期待しすぎてはいけない。
けれど。
今日だけは少しくらい期待してもいいのではないか。
十九歳になった日くらい。
夫と二人で過ごしたいと思っても。
⸻
同じ頃。
黒川ホールディングス。
隼人の執務室には、小さな濃紺の箱が置かれていた。
中に入っているのは、細いプラチナのネックレス。
先端には、小さな花を模したダイヤモンド。
以前、玲奈と一緒に内覧会へ行った際。
玲奈がガラスケースの前で足を止めた。
『私はこれくらいが好きです』
そう言った商品だった。
隼人はその日のうちに、責任者へ取り置きを指示していた。
玲奈には言っていない。
今日渡すつもりだったからだ。
午後六時に会社を出る。
十九時から、自宅近くのレストランを押さえてある。
派手な店ではない。
玲奈が以前、
『落ち着いたところのほうが好きです』
と言っていたから、個室のある小さなフレンチレストランを選んだ。
食後にはケーキも用意してある。
隼人にとって、誰かの誕生日を自分で計画することなど初めてだった。
秘書に任せることもできた。
けれど玲奈のことだけは、人へ丸投げしたくなかった。
「隼人さん」
ノックのあと、美月が入ってくる。
「何だ」
「十六時の会議資料です」
「置いておけ」
美月がデスクへ近づく。
そこで。
濃紺の箱へ視線が落ちた。
高級宝飾店のロゴ。
見覚えがある。
黒川グループの新店舗。
そして今日は――。
玲奈の誕生日。
「贈り物ですか?」
隼人が顔を上げる。
「仕事に関係ない」
それだけで分かった。
美月の胸の奥が強く痛む。
七年間。
毎年隼人の誕生日には、自分がプレゼントを選んできた。
仕事上の祝いだと言い聞かせながら。
隼人から個人的に何かを贈られたことはない。
それなのに。
玲奈には、自分で選んだらしい。
「……奥様へ?」
「香月」
声が低くなる。
「余計なことを聞くな」
「失礼いたしました」
美月は微笑んだ。
けれど、デスクの下で握った指には力が入っていた。
ここまで来て。
玲奈が隼人へ気持ちを伝え始めた。
隼人も玲奈の嫌がることを避けようとしている。
その上、誕生日まで二人で過ごす。
このままでは。
二人は近づいてしまう。
「それと、隼人さん」
美月はファイルを開いた。
「南條商事から連絡が入りました」
「南條?」
「はい。先日の海外事業について、先方の会長が今夜急遽東京へ戻られたそうです」
隼人の眉が寄る。
「今日?」
「明朝にはシンガポールへ戻られる予定で、今夜なら直接お会いできるとのことです」
隼人は腕時計を見る。
美月はその反応を静かに観察した。
「誰か代わりを出せ」
「難しいかと」
「橘は?」
「別件で大阪です」
「父は」
「会長との関係を考えますと、今回の案件は隼人さんご自身が動かれたほうがよろしいと思います」
すべて嘘ではない。
南條商事の会長が今夜東京へいるのも事実。
海外事業の話があるのも事実。
けれど。
今夜会わなければ契約がなくなるわけではない。
オンラインでも対応できる。
美月はそれを言わなかった。
「断れ」
隼人が言った。
美月は一瞬、返事ができなかった。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
「かなり大きな案件です」
「分かっている」
「ですが――」
「今夜は予定がある」
はっきり言われた。
美月の胸が焼ける。
以前の隼人ならあり得なかった。
仕事を断ってまで、誰かとの予定を優先するなんて。
「承知しました」
美月は頭を下げた。
けれど。
数分後、執務室を出た美月は、そのまま南條商事へ電話をかけた。
「香月でございます」
穏やかな声。
「先ほどの件ですが……黒川専務より、直接ご挨拶に伺いたいとのことで」
そう。
隼人本人が行くと言ったことにして。
会食を確定させた。
午後五時半。
玲奈は黒川邸へ帰宅した。
「お帰りなさいませ、玲奈様」
玄関へ入った途端、佐和子をはじめ使用人たちが揃って頭を下げる。
「お誕生日、おめでとうございます」
玲奈は驚いた。
「ありがとうございます」
リビングへ入ると、テーブルには小さな花束が飾られている。
白と淡い桃色の薔薇。
玲奈が好きな色ばかり。
「綺麗……」
「隼人様より、お部屋へ飾るようにと」
玲奈が振り返る。
「隼人さんが?」
「はい」
胸がまた温かくなる。
「あの……隼人さんから、今夜のことは何か聞いていますか?」
「十九時にはお戻りになると伺っております」
やっぱり。
玲奈は嬉しくなった。
「少し着替えてきます」
「お手伝いいたします」
「自分で大丈夫です」
そう言いながら部屋へ向かう足は、自然と速くなった。
玲奈が選んだのは、淡い薄桃色のワンピースだった。
家で過ごすには少しだけよそ行き。
でも夜会ほど華やかではない。
髪は下ろし、毛先だけを軽く巻いた。
鏡を見る。
十九歳。
昨日の自分と何かが変わったわけではない。
それでも今日は少し違って見えた。
玲奈は一度、鏡の前で笑ってみる。
「……大丈夫」
時計を見る。
十八時四十分。
あと二十分。
十九時。
隼人は帰ってこなかった。
玲奈は気にしなかった。
仕事が少し長引いたのだろう。
十九時十分。
まだ。
十九時二十分。
スマートフォンを見る。
連絡はない。
十九時三十分。
玲奈はリビングのソファへ座り、何度目か分からない時計を見た。
「玲奈様」
佐和子が心配そうに声をかける。
「お食事、もう少しお待ちになりますか?」
「はい」
「かしこまりました」
「隼人さん、きっともうすぐだから」
誰に言うでもなく、そう付け足した。
十九時四十五分。
十九時五十分。
十九時五十八分。
そして。
二十時。
スマートフォンが震えた。
玲奈はすぐに手に取った。
隼人。
胸が少し軽くなる。
けれど。
表示された文章を読んだ瞬間。
笑顔が消えた。
『急な会食が入った。帰宅が遅くなる。先に休め』
それだけ。
玲奈はしばらく画面を見つめた。
一度読む。
もう一度読む。
何度読んでも内容は変わらない。
「……会食」
小さく声が漏れた。
今日。
今日なのに。
朝、予定を空けろと言ったのは隼人だ。
十九時に帰ると言った。
誕生日おめでとう、と言ってくれた。
だから。
玲奈は期待した。
今度こそ、夫と二人で過ごせるのだと思った。
「玲奈様?」
佐和子が心配そうに近づいてくる。
玲奈は反射的に笑った。
「仕事だそうです」
「……左様でございますか」
「急な会食ですって」
自分でも分かる。
声が不自然に明るい。
「仕方ないですよね」
佐和子は何も言わなかった。
その優しさがかえって苦しい。
「お食事……どうなさいますか?」
玲奈は少し迷った。
「一人でいただきます」
「ですが」
「せっかく用意してくださったから」
玲奈は立ち上がった。
「冷めたら、もったいないでしょう?」
ダイニングには、二人分の料理が並んでいた。
向かい側。
いつもの隼人の席。
誰もいない。
玲奈はフォークを手に取った。
一口。
味がよく分からない。
料理人が玲奈の好きなものばかり用意してくれていることは分かった。
けれど喉を通らない。
時計の針だけが進む。
二十時半。
二十一時。
隼人から追加の連絡はない。
「……食べられない」
玲奈はフォークを置いた。
「申し訳ありません。もう下げてください」
「玲奈様」
「大丈夫です」
今日は何度、大丈夫と言っただろう。
全然大丈夫ではないのに。
玲奈はダイニングを出た。
その途中。
隣室の扉が少し開いているのが見えた。
中には、小さなケーキ。
十九本の細いろうそく。
それを見た瞬間。
玲奈の足が止まった。
隼人が用意したのだろうか。
それとも使用人たちが。
どちらでもよかった。
もう。
玲奈は目を逸らした。
「……部屋へ戻ります」
けれど部屋へ戻っても、眠れるはずがなかった。
ドレスを脱ぐ気にもなれず、玲奈はそのまま窓辺のソファへ座った。
夜の庭を眺める。
雨が降り始めていた。
ガラスに小さな水滴が当たり、庭の照明がぼやけて見える。
スマートフォンは静かなまま。
二十一時二十分。
二十一時四十分。
玲奈は何度も自分に言い聞かせた。
仕事。
隼人は忙しい。
会社を背負っている。
急な会食なら仕方ない。
分かっている。
全部。
「でも……」
今日くらい。
今日くらい、自分を選んでほしかった。
その言葉が胸へ浮かんだ瞬間。
玲奈は自分で驚いた。
仕事より。
会社より。
美月より。
一度くらい。
妻である自分を選んでほしかった。
「欲張り……」
目の奥が熱くなる。
会社を救ってもらった。
大学へも通わせてもらっている。
何不自由なく暮らしている。
夫に愛情まで求めるなんて。
それでも。
好きになってしまったのだから。
仕方がない。
玲奈は両手で顔を覆った。
その時。
扉が控えめにノックされた。
玲奈は慌てて目元を拭う。
「はい」
「玲奈様。神谷です」
亮。
「どうぞ」
扉が開く。
亮は私服ではなく、いつもの落ち着いたスーツ姿だった。
手には小さな紙袋を持っている。
「まだ起きていらしたんですね」
「眠れなくて」
玲奈は笑った。
「神谷さんはどうしたんですか?」
「これを」
亮が紙袋を差し出す。
玲奈は目を瞬いた。
「何ですか?」
「誕生日の贈り物です」
「……私に?」
「はい」
玲奈はすぐに受け取れなかった。
「神谷さんまで知っていたんですか?」
「警護対象の基本情報ですので」
いかにも亮らしい答え。
玲奈は少しだけ笑った。
「そういう言い方、ずるいですね」
「何がでしょう」
「何でもありません」
紙袋を受け取る。
中に入っていたのは、小さな革製のブックカバーだった。
落ち着いた深緑。
高価すぎない。
それでも丁寧に選んだのが分かる。
「本がお好きだと聞きましたので」
玲奈は指先で革を撫でた。
「……ありがとうございます」
「お気に召さなければ――」
「嬉しいです」
玲奈は顔を上げた。
「すごく」
亮が少しだけ表情を和らげる。
「十九歳のお誕生日、おめでとうございます」
その瞬間だった。
朝から積み重ねてきたものが。
すべて崩れた。
玲奈の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「玲奈様?」
亮の顔が変わる。
玲奈自身が一番驚いた。
「……ごめんなさい」
慌てて涙を拭う。
「違うんです。嬉しくて」
「玲奈様」
「本当に……」
次の涙が止まらない。
困った。
こんなところを見られたくない。
「今日、みんなにお祝いしてもらったんです」
玲奈は笑おうとした。
「大学でも。家の皆さんにも」
「はい」
「隼人さんも朝、おめでとうって」
声が震える。
「夜、空けておけって言ってくれて」
亮は何も言わない。
「だから……」
玲奈は俯いた。
「期待しちゃった」
とうとう、本音がこぼれた。
「今日なら、隼人さんも私と一緒にいてくれるのかなって」
涙が膝へ落ちる。
「でも仕事なら仕方ないでしょう?」
「……」
「私、分かってるんです」
分かっている。
何度言えば、本当に平気になれるのだろう。
「でも、今日は十九歳の誕生日だったから……」
玲奈は唇を噛んだ。
「一度くらい……私を一番にしてほしかった」
亮の表情が痛そうに変わる。
玲奈はすぐに首を横に振った。
「今のは忘れてください」
「できません」
「神谷さん」
「そんな顔をしている人に、大丈夫だと言われても信じられません」
玲奈は何も言えなかった。
「今日は泣いてもいいんじゃないですか」
優しい声だった。
玲奈は俯いたまま、肩を震わせた。
亮はすぐに触れなかった。
少し離れた場所で、ただ待ってくれた。
それが余計に苦しかった。
「……私」
玲奈は掠れた声で言う。
「隼人さんが好きなんです」
亮の指がわずかに動いた。
それでも何も言わない。
「好きだから、待ってしまう」
「はい」
「期待しないって決めても……ちょっと優しくされると、また期待しちゃう」
声が崩れる。
「本当に馬鹿ですよね」
「馬鹿だとは思いません」
「でも――」
「玲奈さん」
初めてだった。
亮が。
『玲奈様』ではなく。
ただ名前を呼んだ。
玲奈が顔を上げる。
亮はまっすぐ玲奈を見ていた。
「好きな人に、自分を大切にしてほしいと思うのは普通です」
玲奈の目からまた涙が落ちる。
「我慢することに慣れないでください」
その言葉が。
今の玲奈には優しすぎた。
「……亮さん」
気づけば、玲奈も名前で呼んでいた。
亮の表情が少し変わる。
玲奈はもう涙を止められなかった。
亮は迷った。
けれど。
次の瞬間、崩れそうになった玲奈の肩を支えた。
玲奈はそのまま亮の胸元へ額を預けてしまう。
「すみません……少しだけ」
「はい」
「少しだけ、このままで」
亮は何も言わなかった。
強く抱きしめることもしない。
ただ。
玲奈が倒れないよう、そっと肩へ手を添えた。
その温かさに。
玲奈はしばらく、声を押さえて泣いた。
午後十時十分。
黒川邸の玄関前に、一台の黒い車が停まった。
「ありがとうございました」
隼人は運転手へ短く告げ、車を降りる。
予定より遅くなった。
南條商事の会長との会食。
断ったはずだったのに、先方には隼人が出席すると伝わっていた。
直前で欠席すれば一条との提携案件にまで影響しかねず、結局出席せざるを得なかった。
美月には後で確認する。
だが今は。
玲奈だ。
左手には濃紺の紙袋。
中にはネックレスの箱。
予約していたレストランは当然キャンセルになった。
それでも。
誕生日が終わる前には帰りたかった。
「玲奈は?」
玄関で迎えた佐和子へ尋ねる。
佐和子の表情がわずかに曇る。
「お部屋にいらっしゃいます」
「食事は」
「少しだけ召し上がりました」
「少し?」
隼人の眉が寄る。
「ケーキは?」
「まだ……」
胸が痛んだ。
「俺が持っていく」
「隼人様」
佐和子が何か言いかける。
「何だ」
「……いえ」
隼人は玲奈の部屋へ向かった。
階段を上がる。
いつもならノックして返事を待つ。
けれど今日は、扉の前まで来た時。
中から声が聞こえた。
男の声。
隼人の足が止まる。
誰だ。
答えはすぐに分かった。
神谷亮。
なぜ。
こんな時間に。
玲奈の部屋に。
隼人の表情が陰る。
扉は完全には閉まっていない。
隼人は手を伸ばす。
そして。
静かに開いた。
最初に目に入ったのは。
亮の胸元へ顔を伏せている玲奈だった。
亮の手は玲奈の肩に置かれている。
玲奈は泣いている。
隼人の手から、紙袋がわずかに揺れた。
「……何をしている」
低い声が。
部屋の中へ落ちた。
玲奈が顔を上げる。
「隼人……さん」
そして亮も振り返る。
隼人は動かなかった。
けれど。
その目には。
これまで玲奈が一度も見たことのないほど激しい感情が浮かんでいた。
十九歳の誕生日の朝。
隼人からそう言われた瞬間、玲奈は手にしていたティーカップを落としそうになった。
「……今夜ですか?」
「ああ」
朝食を終えかけていた隼人は、いつものように落ち着いた顔で腕時計を確認している。
それだけ。
何の説明もない。
けれど玲奈には、その一言だけで十分だった。
今日が自分の誕生日だということを、隼人は覚えている。
それが分かったから。
「何時頃ですか?」
「十九時には戻る」
十九時。
玲奈は心の中でその数字を何度も繰り返した。
「分かりました」
なるべく普通に答える。
期待していると知られるのは少し恥ずかしい。
隼人はそんな玲奈の心など知らない様子で、コーヒーを飲み終えた。
「大学が終わったら真っ直ぐ帰れ」
「またそれですか?」
「今日は、だ」
いつもとは少し違う言い方だった。
玲奈が顔を上げる。
隼人はもう席を立っていた。
「隼人さん」
「何だ」
「今日が何の日か……」
そこまで言って、やめた。
聞く必要はない。
忘れているなら、夜を空けろとは言わないはずだ。
玲奈は小さく笑った。
「何でもありません」
隼人が少し不思議そうに玲奈を見る。
そして。
「十九歳、おめでとう」
玲奈の目が大きくなった。
ほんの短い言葉。
豪華な贈り物でもない。
それなのに胸の奥が一気に温かくなる。
「……ありがとうございます」
声が少しだけ弾んでしまった。
隼人の口元が、わずかに緩んだように見えた。
「行ってくる」
「はい。いってらっしゃい」
玄関へ向かう隼人の背中を、今日はいつもより長く見送った。
十九歳になった最初の朝。
それだけで、今日はきっといい一日になる。
玲奈はそう思っていた。
大学へ行けば、美緒たちが待ち構えていた。
「玲奈!」
講義室へ入った途端、頭の上から色紙が落ちてくる。
「きゃっ!」
「誕生日おめでとう!」
「ちょっと、大学で何してるの!」
玲奈は驚きながらも笑った。
机の上には小さな紙袋。
美緒のほかにも、最近仲良くなった友人たちがプレゼントを用意してくれていた。
ハンドクリーム。
イヤリング。
玲奈が好きだと言っていた作家の新刊。
高価なものではない。
だからこそ嬉しかった。
「ありがとう」
「十九歳だね」
「一つしか変わらないけど」
「でも十九って大人っぽくない?」
「十八よりはね」
玲奈は笑いながらプレゼントをバッグへしまった。
「今日、夜は?」
美緒が尋ねる。
「家に帰る」
「それだけ?」
「……隼人さんが、予定を空けておいてって」
言ってしまった。
美緒の顔が一気に明るくなる。
「え、何それ! 誕生日デート?」
「違うと思う」
「絶対そうじゃん」
「まだ何も聞いてないし」
「でも黒川さんが十九時に帰るんでしょ?」
「うん」
「玲奈、顔!」
「何?」
「嬉しそう」
玲奈は慌てて頬を押さえた。
「普通です」
「全然」
美緒が楽しそうに笑う。
玲奈は少し恥ずかしくなって窓の外へ顔を向けた。
初めてだった。
隼人と過ごす夜を、こんなにも楽しみにしているのは。
宝飾店の内覧会の時も期待した。
けれどあの日は、途中で仕事が入った。
今日は違う。
誕生日。
しかも隼人自身が予定を空けておくように言った。
(何をするんだろう)
食事だろうか。
どこかへ行くのだろうか。
もしかしたらプレゼントも――。
そこまで考えて、玲奈は自分の頬を軽く叩いた。
期待しすぎてはいけない。
けれど。
今日だけは少しくらい期待してもいいのではないか。
十九歳になった日くらい。
夫と二人で過ごしたいと思っても。
⸻
同じ頃。
黒川ホールディングス。
隼人の執務室には、小さな濃紺の箱が置かれていた。
中に入っているのは、細いプラチナのネックレス。
先端には、小さな花を模したダイヤモンド。
以前、玲奈と一緒に内覧会へ行った際。
玲奈がガラスケースの前で足を止めた。
『私はこれくらいが好きです』
そう言った商品だった。
隼人はその日のうちに、責任者へ取り置きを指示していた。
玲奈には言っていない。
今日渡すつもりだったからだ。
午後六時に会社を出る。
十九時から、自宅近くのレストランを押さえてある。
派手な店ではない。
玲奈が以前、
『落ち着いたところのほうが好きです』
と言っていたから、個室のある小さなフレンチレストランを選んだ。
食後にはケーキも用意してある。
隼人にとって、誰かの誕生日を自分で計画することなど初めてだった。
秘書に任せることもできた。
けれど玲奈のことだけは、人へ丸投げしたくなかった。
「隼人さん」
ノックのあと、美月が入ってくる。
「何だ」
「十六時の会議資料です」
「置いておけ」
美月がデスクへ近づく。
そこで。
濃紺の箱へ視線が落ちた。
高級宝飾店のロゴ。
見覚えがある。
黒川グループの新店舗。
そして今日は――。
玲奈の誕生日。
「贈り物ですか?」
隼人が顔を上げる。
「仕事に関係ない」
それだけで分かった。
美月の胸の奥が強く痛む。
七年間。
毎年隼人の誕生日には、自分がプレゼントを選んできた。
仕事上の祝いだと言い聞かせながら。
隼人から個人的に何かを贈られたことはない。
それなのに。
玲奈には、自分で選んだらしい。
「……奥様へ?」
「香月」
声が低くなる。
「余計なことを聞くな」
「失礼いたしました」
美月は微笑んだ。
けれど、デスクの下で握った指には力が入っていた。
ここまで来て。
玲奈が隼人へ気持ちを伝え始めた。
隼人も玲奈の嫌がることを避けようとしている。
その上、誕生日まで二人で過ごす。
このままでは。
二人は近づいてしまう。
「それと、隼人さん」
美月はファイルを開いた。
「南條商事から連絡が入りました」
「南條?」
「はい。先日の海外事業について、先方の会長が今夜急遽東京へ戻られたそうです」
隼人の眉が寄る。
「今日?」
「明朝にはシンガポールへ戻られる予定で、今夜なら直接お会いできるとのことです」
隼人は腕時計を見る。
美月はその反応を静かに観察した。
「誰か代わりを出せ」
「難しいかと」
「橘は?」
「別件で大阪です」
「父は」
「会長との関係を考えますと、今回の案件は隼人さんご自身が動かれたほうがよろしいと思います」
すべて嘘ではない。
南條商事の会長が今夜東京へいるのも事実。
海外事業の話があるのも事実。
けれど。
今夜会わなければ契約がなくなるわけではない。
オンラインでも対応できる。
美月はそれを言わなかった。
「断れ」
隼人が言った。
美月は一瞬、返事ができなかった。
「……よろしいのですか?」
「ああ」
「かなり大きな案件です」
「分かっている」
「ですが――」
「今夜は予定がある」
はっきり言われた。
美月の胸が焼ける。
以前の隼人ならあり得なかった。
仕事を断ってまで、誰かとの予定を優先するなんて。
「承知しました」
美月は頭を下げた。
けれど。
数分後、執務室を出た美月は、そのまま南條商事へ電話をかけた。
「香月でございます」
穏やかな声。
「先ほどの件ですが……黒川専務より、直接ご挨拶に伺いたいとのことで」
そう。
隼人本人が行くと言ったことにして。
会食を確定させた。
午後五時半。
玲奈は黒川邸へ帰宅した。
「お帰りなさいませ、玲奈様」
玄関へ入った途端、佐和子をはじめ使用人たちが揃って頭を下げる。
「お誕生日、おめでとうございます」
玲奈は驚いた。
「ありがとうございます」
リビングへ入ると、テーブルには小さな花束が飾られている。
白と淡い桃色の薔薇。
玲奈が好きな色ばかり。
「綺麗……」
「隼人様より、お部屋へ飾るようにと」
玲奈が振り返る。
「隼人さんが?」
「はい」
胸がまた温かくなる。
「あの……隼人さんから、今夜のことは何か聞いていますか?」
「十九時にはお戻りになると伺っております」
やっぱり。
玲奈は嬉しくなった。
「少し着替えてきます」
「お手伝いいたします」
「自分で大丈夫です」
そう言いながら部屋へ向かう足は、自然と速くなった。
玲奈が選んだのは、淡い薄桃色のワンピースだった。
家で過ごすには少しだけよそ行き。
でも夜会ほど華やかではない。
髪は下ろし、毛先だけを軽く巻いた。
鏡を見る。
十九歳。
昨日の自分と何かが変わったわけではない。
それでも今日は少し違って見えた。
玲奈は一度、鏡の前で笑ってみる。
「……大丈夫」
時計を見る。
十八時四十分。
あと二十分。
十九時。
隼人は帰ってこなかった。
玲奈は気にしなかった。
仕事が少し長引いたのだろう。
十九時十分。
まだ。
十九時二十分。
スマートフォンを見る。
連絡はない。
十九時三十分。
玲奈はリビングのソファへ座り、何度目か分からない時計を見た。
「玲奈様」
佐和子が心配そうに声をかける。
「お食事、もう少しお待ちになりますか?」
「はい」
「かしこまりました」
「隼人さん、きっともうすぐだから」
誰に言うでもなく、そう付け足した。
十九時四十五分。
十九時五十分。
十九時五十八分。
そして。
二十時。
スマートフォンが震えた。
玲奈はすぐに手に取った。
隼人。
胸が少し軽くなる。
けれど。
表示された文章を読んだ瞬間。
笑顔が消えた。
『急な会食が入った。帰宅が遅くなる。先に休め』
それだけ。
玲奈はしばらく画面を見つめた。
一度読む。
もう一度読む。
何度読んでも内容は変わらない。
「……会食」
小さく声が漏れた。
今日。
今日なのに。
朝、予定を空けろと言ったのは隼人だ。
十九時に帰ると言った。
誕生日おめでとう、と言ってくれた。
だから。
玲奈は期待した。
今度こそ、夫と二人で過ごせるのだと思った。
「玲奈様?」
佐和子が心配そうに近づいてくる。
玲奈は反射的に笑った。
「仕事だそうです」
「……左様でございますか」
「急な会食ですって」
自分でも分かる。
声が不自然に明るい。
「仕方ないですよね」
佐和子は何も言わなかった。
その優しさがかえって苦しい。
「お食事……どうなさいますか?」
玲奈は少し迷った。
「一人でいただきます」
「ですが」
「せっかく用意してくださったから」
玲奈は立ち上がった。
「冷めたら、もったいないでしょう?」
ダイニングには、二人分の料理が並んでいた。
向かい側。
いつもの隼人の席。
誰もいない。
玲奈はフォークを手に取った。
一口。
味がよく分からない。
料理人が玲奈の好きなものばかり用意してくれていることは分かった。
けれど喉を通らない。
時計の針だけが進む。
二十時半。
二十一時。
隼人から追加の連絡はない。
「……食べられない」
玲奈はフォークを置いた。
「申し訳ありません。もう下げてください」
「玲奈様」
「大丈夫です」
今日は何度、大丈夫と言っただろう。
全然大丈夫ではないのに。
玲奈はダイニングを出た。
その途中。
隣室の扉が少し開いているのが見えた。
中には、小さなケーキ。
十九本の細いろうそく。
それを見た瞬間。
玲奈の足が止まった。
隼人が用意したのだろうか。
それとも使用人たちが。
どちらでもよかった。
もう。
玲奈は目を逸らした。
「……部屋へ戻ります」
けれど部屋へ戻っても、眠れるはずがなかった。
ドレスを脱ぐ気にもなれず、玲奈はそのまま窓辺のソファへ座った。
夜の庭を眺める。
雨が降り始めていた。
ガラスに小さな水滴が当たり、庭の照明がぼやけて見える。
スマートフォンは静かなまま。
二十一時二十分。
二十一時四十分。
玲奈は何度も自分に言い聞かせた。
仕事。
隼人は忙しい。
会社を背負っている。
急な会食なら仕方ない。
分かっている。
全部。
「でも……」
今日くらい。
今日くらい、自分を選んでほしかった。
その言葉が胸へ浮かんだ瞬間。
玲奈は自分で驚いた。
仕事より。
会社より。
美月より。
一度くらい。
妻である自分を選んでほしかった。
「欲張り……」
目の奥が熱くなる。
会社を救ってもらった。
大学へも通わせてもらっている。
何不自由なく暮らしている。
夫に愛情まで求めるなんて。
それでも。
好きになってしまったのだから。
仕方がない。
玲奈は両手で顔を覆った。
その時。
扉が控えめにノックされた。
玲奈は慌てて目元を拭う。
「はい」
「玲奈様。神谷です」
亮。
「どうぞ」
扉が開く。
亮は私服ではなく、いつもの落ち着いたスーツ姿だった。
手には小さな紙袋を持っている。
「まだ起きていらしたんですね」
「眠れなくて」
玲奈は笑った。
「神谷さんはどうしたんですか?」
「これを」
亮が紙袋を差し出す。
玲奈は目を瞬いた。
「何ですか?」
「誕生日の贈り物です」
「……私に?」
「はい」
玲奈はすぐに受け取れなかった。
「神谷さんまで知っていたんですか?」
「警護対象の基本情報ですので」
いかにも亮らしい答え。
玲奈は少しだけ笑った。
「そういう言い方、ずるいですね」
「何がでしょう」
「何でもありません」
紙袋を受け取る。
中に入っていたのは、小さな革製のブックカバーだった。
落ち着いた深緑。
高価すぎない。
それでも丁寧に選んだのが分かる。
「本がお好きだと聞きましたので」
玲奈は指先で革を撫でた。
「……ありがとうございます」
「お気に召さなければ――」
「嬉しいです」
玲奈は顔を上げた。
「すごく」
亮が少しだけ表情を和らげる。
「十九歳のお誕生日、おめでとうございます」
その瞬間だった。
朝から積み重ねてきたものが。
すべて崩れた。
玲奈の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「玲奈様?」
亮の顔が変わる。
玲奈自身が一番驚いた。
「……ごめんなさい」
慌てて涙を拭う。
「違うんです。嬉しくて」
「玲奈様」
「本当に……」
次の涙が止まらない。
困った。
こんなところを見られたくない。
「今日、みんなにお祝いしてもらったんです」
玲奈は笑おうとした。
「大学でも。家の皆さんにも」
「はい」
「隼人さんも朝、おめでとうって」
声が震える。
「夜、空けておけって言ってくれて」
亮は何も言わない。
「だから……」
玲奈は俯いた。
「期待しちゃった」
とうとう、本音がこぼれた。
「今日なら、隼人さんも私と一緒にいてくれるのかなって」
涙が膝へ落ちる。
「でも仕事なら仕方ないでしょう?」
「……」
「私、分かってるんです」
分かっている。
何度言えば、本当に平気になれるのだろう。
「でも、今日は十九歳の誕生日だったから……」
玲奈は唇を噛んだ。
「一度くらい……私を一番にしてほしかった」
亮の表情が痛そうに変わる。
玲奈はすぐに首を横に振った。
「今のは忘れてください」
「できません」
「神谷さん」
「そんな顔をしている人に、大丈夫だと言われても信じられません」
玲奈は何も言えなかった。
「今日は泣いてもいいんじゃないですか」
優しい声だった。
玲奈は俯いたまま、肩を震わせた。
亮はすぐに触れなかった。
少し離れた場所で、ただ待ってくれた。
それが余計に苦しかった。
「……私」
玲奈は掠れた声で言う。
「隼人さんが好きなんです」
亮の指がわずかに動いた。
それでも何も言わない。
「好きだから、待ってしまう」
「はい」
「期待しないって決めても……ちょっと優しくされると、また期待しちゃう」
声が崩れる。
「本当に馬鹿ですよね」
「馬鹿だとは思いません」
「でも――」
「玲奈さん」
初めてだった。
亮が。
『玲奈様』ではなく。
ただ名前を呼んだ。
玲奈が顔を上げる。
亮はまっすぐ玲奈を見ていた。
「好きな人に、自分を大切にしてほしいと思うのは普通です」
玲奈の目からまた涙が落ちる。
「我慢することに慣れないでください」
その言葉が。
今の玲奈には優しすぎた。
「……亮さん」
気づけば、玲奈も名前で呼んでいた。
亮の表情が少し変わる。
玲奈はもう涙を止められなかった。
亮は迷った。
けれど。
次の瞬間、崩れそうになった玲奈の肩を支えた。
玲奈はそのまま亮の胸元へ額を預けてしまう。
「すみません……少しだけ」
「はい」
「少しだけ、このままで」
亮は何も言わなかった。
強く抱きしめることもしない。
ただ。
玲奈が倒れないよう、そっと肩へ手を添えた。
その温かさに。
玲奈はしばらく、声を押さえて泣いた。
午後十時十分。
黒川邸の玄関前に、一台の黒い車が停まった。
「ありがとうございました」
隼人は運転手へ短く告げ、車を降りる。
予定より遅くなった。
南條商事の会長との会食。
断ったはずだったのに、先方には隼人が出席すると伝わっていた。
直前で欠席すれば一条との提携案件にまで影響しかねず、結局出席せざるを得なかった。
美月には後で確認する。
だが今は。
玲奈だ。
左手には濃紺の紙袋。
中にはネックレスの箱。
予約していたレストランは当然キャンセルになった。
それでも。
誕生日が終わる前には帰りたかった。
「玲奈は?」
玄関で迎えた佐和子へ尋ねる。
佐和子の表情がわずかに曇る。
「お部屋にいらっしゃいます」
「食事は」
「少しだけ召し上がりました」
「少し?」
隼人の眉が寄る。
「ケーキは?」
「まだ……」
胸が痛んだ。
「俺が持っていく」
「隼人様」
佐和子が何か言いかける。
「何だ」
「……いえ」
隼人は玲奈の部屋へ向かった。
階段を上がる。
いつもならノックして返事を待つ。
けれど今日は、扉の前まで来た時。
中から声が聞こえた。
男の声。
隼人の足が止まる。
誰だ。
答えはすぐに分かった。
神谷亮。
なぜ。
こんな時間に。
玲奈の部屋に。
隼人の表情が陰る。
扉は完全には閉まっていない。
隼人は手を伸ばす。
そして。
静かに開いた。
最初に目に入ったのは。
亮の胸元へ顔を伏せている玲奈だった。
亮の手は玲奈の肩に置かれている。
玲奈は泣いている。
隼人の手から、紙袋がわずかに揺れた。
「……何をしている」
低い声が。
部屋の中へ落ちた。
玲奈が顔を上げる。
「隼人……さん」
そして亮も振り返る。
隼人は動かなかった。
けれど。
その目には。
これまで玲奈が一度も見たことのないほど激しい感情が浮かんでいた。

