死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 母は気が気ではなくなり、父の言いつけを破って、つきっきりで看病するようになった。
 私も看病を手伝おうとしたが、父にも母にも許してもらえなかった。

「琴乃はダメだ。離れには絶対に入るな」

 父の言葉はもっともだとわかっている。それでも、離れの障子越しに聞こえる千太の咳を、なにもできずに聞いているだけの自分が情けなくて、悔しくて、仕方なかった。
 千太は私にとって、たったひとりの弟なのに。
 
 このままでは母まで倒れてしまう。そんな私の心配が現実になるまで、時間はかからなかった。
 心身ともに疲弊していた母は、しだいに顔色が悪くなっていった。

 しかし、単なる”看病疲れ”ではないと、父はすぐに見抜いた。弟と同様、母にも咳の症状が現れてきたからだ。
 体温、脈拍、呼吸、痰の量を父は毎日記録し、様々な薬を試してはみるものの、根本的な治療はできない。
 父は医者として、さぞかしもどかしかっただろう。

 九月。千太は血痰や喀血(かっけつ)を繰り返し、発症から半年後にこの世を去った。
 
「あの子は……千太はまだ十七歳だったのよ……」
「お母様……そうよね」

 泣き崩れる母の背中をそっと撫でて抱きついた。
 だけどその手は払われ、病気が移るから近づいてはいけないと母から言われてしまう。