死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 そんなふうにあれこれ考えていると、篤志さんがおもむろに背広の上着を脱いで私の肩に掛けた。そして、もう片方の足から草履を脱がせ、壊れたほうと合わせて私に持たせる。

「……旦那様?」
「じっとしてて」
「え⁉」

 彼が私の背中に左腕を回し、右腕で膝の下をすくった。一瞬で身体がふわりと宙に浮く。
 気がついたら私は横抱きにされていて、思わず彼の胸にピタリとしがみついてしまった。
 トントンと伝わる規則正しい心臓の音が、自分のものよりずっと速く聞こえてくる。

「このまま車まで行く」
「この状態でですか?」
「怖いか?」
「そうではありませんが……申し訳ないので歩きます」
「それはダメだ」

 有無を言わせない口調だったけれど、私を支える両腕はとても優しかった。
 これ以上固辞するのもかえって申し訳ないと思い、私は彼のシャツに手を添えて大人しくしていた。
 肩に掛けられた背広から伝わる温もりと、顔のすぐ近くで彼の息遣いを感じ、心臓が暴れ出しそうになる。

「あの……恥ずかしいです」
「……俺もだ」

 庭園の美しい木漏れ日を浴びながら、少し耳を赤くした彼が私を抱え、一歩一歩、頼もしい足取りで歩みを進めていく。
 私はただ気恥ずかしさに頬を染めながら、静かに目を閉じた。

 天澤家での暮らしにはまだ不安もある。
 それでも、この人となら少しずつ居場所をつくっていける。
 私はそんな小さな希望を胸に抱いていた。