死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 彼の問いかけに小さくうなずいたものの、すぐに視線を落とした。
 あの本屋に並んでいるような高級な本を、父はとても大切にしていた。ページをめくる感触や、紙の匂いまで鮮明に脳裏によみがえってきて、胸の奥がしくしくと痛む。
 だけど、せっかく私のために時間をつくってくれた篤志さんの前で、暗い顔をするのは違う。
 私は心の奥底に痛みを押し込め、愛想笑いをして歩みを進めた。

 ちょうどお昼時になり、ふたりで老舗の蕎麦店へ入った。
 あとで寄りたいところがあるとのことで、軽めに昼食を済ませて店を出る。
 再びしばらく街を散策したあと、不意に篤志さんが「あそこ」と、とある方向を指差した。

「あの店に入ろう」

 そこは、漆黒の格子窓と金文字の看板が掲げられたモダンなカフェだった。
 入口の扉を開けると、蓄音機が奏でる軽快な西欧の音楽と、香ばしい珈琲の香りがふわりと漂ってくる。

 没落した家で静かに暮らしてきた私にとっては、眩しすぎて気後れしてしまうような空間だった。
 だけど篤志さんは、ためらうことなく店の奥へ歩みを進めていく。私はどこか夢見心地のまま、彼の広い背中に続いた。
 案内されたのは庭園が見える最奥の特等席で、私と彼はテーブルを挟んで向かい合った。

「珈琲は飲める? 紅茶がいいか?」
「はい、私はお紅茶で」