死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 天澤家での生活は、離れに移されそうになるという激しい洗礼を受けて始まった。
 しかしお義母様はその後、私と顔を合わせることを避けるだけで、何も言ってこなくなった。

「次の日曜、ふたりで街へ出かけないか?」

 ある朝。仕事へ向かう支度をしながら、篤志さんは何でもないことのようにさらりとそう言った。
 そして、ほんの少しだけ照れくさそうに視線を泳がせる。
 
「家にいるだけじゃ、息が詰まるだろう。連れて行きたい場所があるんだ」

 連れて行きたい場所――。
 どこへ行くのか想像がつかないけれど、忙しくしている彼が、わざわざ時間をつくって私を外へ連れ出そうと考えてくれたのだ。彼はちゃんと私を見てくれている。そう思うと、胸の奥が温かくなった。
 
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 私は胸もとで両手をキュッと握りしめ、笑みを浮かべてうなずいた。

 ◇◇◇

 約束の日曜の朝。私はそわそわとしながら出かける準備を始めた。
 着物はどれにしようか迷ったけれど、上品な淡い菖蒲(あやめ)色の訪問着を選んだ。
 髪を整え、顔色が良くなるようお化粧を施す。

「今朝は早いな」
「旦那様、おはようございます」

 朝食ののったお膳を女中から受け取り、手際よく机の上に並べていた私は、後ろから声をかけられて顔を上げる。
 よそ行きの着物に身を包んだ私を見て、篤志さんは部屋の入り口で一瞬だけ足を止めた。