死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

「篤志! これはいったいどういうことなの!」

 声かけもなく、険しい音を立てていきなり障子が開け放たれた。
 そこには怒りをあらわにしたお義母様が、鬼のような形相で立っていた。

「そう聞きたいのはこっちです。彼女は俺の妻ですよ? 昨日この家に来たばかりなのに、なぜ離れに閉じ込めるようなまねを?」

 篤志さんは怒り心頭のお義母様の視線を受け止めつつ、凍てつくような低い声を響かせた。実の母親であっても、一歩も引く気はないらしい。

「だって労咳が!」
「母上。彼女は罹患していないと何度も何度も伝えていますよね」
「よく考えてちょうだい。労咳は一族を滅ぼす悪魔なの」

 お義母様が最後に言った言葉は、そのとおりだと私も思う。
 労咳は私の両親と弟の命を奪った。桐ケ谷家はそれで断絶になったのだから。

「琴乃を離れには行かせません。俺と一緒に母屋で暮らします」
「篤志!」
「母上がどう思おうと、彼女は俺の妻です。夫婦のことは俺に任せてください」

 その決定的な一言にお義母様は息をのみ、屈辱に顔を歪めてそれ以上言葉を発せなかった。
 実の息子からそこまで言われるとは思っていなかったのだろう。溢れんばかりの怒りと悔しさをにじませながら、私を睨みつけて去っていった。
 その後、ようやく部屋に静寂が戻ってくる。

「……すまなかった。ひどい発言だったよな」
「いいえ。大丈夫です」

 篤志さんは深くため息を吐くと、肩の力を抜いて私に向き直った。
 
 お義母様たちの冷たい視線や、これから待ち受ける華族社会の荒波を思えば、私の前途は決して平坦ではない。
 だけどこの人が隣にいてくれるなら、どんなに深い闇の中でも、私は前を向いて歩いていける気がした。