死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

「彼女は健康だ。今すぐ荷物を母屋へ戻せ」

 女中はお義母様が怖いのだろう。「あの……でも……」と煮え切らない返事をしながら困っていた。
 それでも、この家の主である篤志さんの指示に従わないわけにもいかず、今朝離れへ運び込んだ葛籠を、再び母屋のほうへ移し始めた。

「申し訳ありません。ご迷惑を……」

 再び母屋の広々とした部屋へと戻り、女中たちが慌ただしく葛籠を置いて去っていくと、室内にはまたふたりきりの静寂が訪れた。私は篤志さんに向き直って静かに頭を下げる。
 仕事から疲れて帰ってきたばかりの彼に、余計な気を使わせてしまったことが申し訳なくてたまらなかった。

「迷惑? 自分の妻があんな目に遭ったんだ。夫として迎えに行くのは当然だろう」
「……ありがとうございます」

 その言葉がじんわりと胸の奥に広がっていく。
 こんなふうに誰かに守られるのは、いつが最後だっただろう。父が病に倒れてからは、ずっと自分で自分を守るしかなかったから……。
 
 しだいに顔に熱が帯びていくのがわかった。
 彼にとってこれは、ただの責任感かもしれない。だけど世間から拒絶され続けてきた私にとって、味方になって守ってもらえたことは救いだった。

 篤志さんは小さく息を漏らすと、背広の上着に手をかけ、ボタンをはずして脱ぎ始めた。
 着替えを準備しなければと、箪笥のほうを向いたそのとき、廊下から激しい足音が近づいてきて顔を上げた。