死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 お義母様が後ろに控えていた女中たちに目で合図を送ると、彼女たちが続々と部屋に入ってきた。
 昨日、箪笥(たんす)にしまった襦袢(じゅばん)や着物を取り出し、葛籠に詰めて離れのほうへ移動していく。
 
「よく考えてみたの。夫婦になったからといって、あなたと同じ部屋で暮らすことはないのよ。篤志の身が危ないじゃない」

 お義母様はそう言い放つと、冷たい視線で私を射貫いた。
 口もとは昨日と同じく扇子で隠されているものの、瞳には有無を言わせない威圧感が漂っている。
 
「妻として篤志を思うなら、私の言うことを聞くべきよ」
「私は病人ではありませんが……お義母様のお気持ちもわかります。……しばらく離れで暮らします」
「それでいいわ。母屋には立ち入らないでね」

 この家の‟女主人”はお義母様だ。逆らうことなどできない。
 女中たちが私の荷物を荒々しく運び出していく中、お義母様は私に背を向けて去っていった。

 移った離れの部屋は、母屋に比べると手狭だった。しかし、私がひとりで住まうには十分だ。
 押し入れを開けると、布団も準備されていて、寝起きするだけなら暮らしていける。

 独りで過ごす部屋には、もう慣れているはずだった。父の看病をしていたときも、こうして誰もいない部屋で夜を待っていた。
 だけど、結婚初日にまた同じ孤独を味わうことになるとは思ってもみなくて、しだいに心が冷えていく。
 ダメだ。強くいなきゃ。私は気持ちを切り替え、父が残した診療日誌を静かに読み返した。