死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 今のお義母様の言葉が引き金となってしまった。
 先ほどまで銘仙の着物を自慢してはしゃいでいた千草さんは、おぞましいものでも見るような顔になり、私から二歩、三歩と激しく後ずさった。
 隣にいた鈴子さんもまた、あからさまに嫌悪の表情を浮かべると、着物の(たもと)で自らの鼻と口もとを覆い隠し、千草さんをかばうようにして背後へ下がっていく。
 何か言い返したい。だけど声を出せば涙まで一緒にこぼれてしまいそうで、私はただ唇を強く結んだ。

「何度も言ってますが、琴乃は労咳を発症していません。したがって、移すこともありません」

 篤志さんは低い声でそう言い、(さげす)むお義母様たちの視線を真っ向から受け止めた。
 感情に任せて怒鳴るのではなく、淡々と言い含めている。
 その毅然とした横顔を見上げているうちに、心が温かさで満たされていくのを感じた。

「お義母様、お義姉様、千草さん、葛籠はこちらへ来る前にきちんと消毒してきました。ご安心ください」

 労咳は人から人へ移る病だ。物を介して移ることはない。
 しかし、どんなにそれを訴えても信じてもらえないなら、お義母様たちが少しでも安心できるよう消毒するまでだ。

「琴乃さん、私はまだ、あなたを篤志の嫁として認めたわけじゃないの」

 お義母様は冷たい声でそう言って、手にしていた扇子をパチンと閉じた。

「あなたのお父上の桐ケ谷先生が、ご立派な方だったのは知っているわ。でも、息子の嫁として迎えるのは今でも大反対よ。篤志がどうしてもって言うから仕方ないけど、せめて私たちのそばには寄らないでちょうだい」