死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 これから向かうのは、大富豪であり、華やかな伯爵家である天澤邸。
 そこでの暮らしが決して甘いものだけではないと、密かに覚悟はできている。
 
 しばらく走ったあと、車は広大な天澤邸の敷地の駐車場で止まった。
 玄関先で掃き掃除をしていた使用人の男性が、篤志さんの帰宅に気づいて先に玄関の中へ入っていく。
 男性は「お戻りになられました!」と叫ぶと、再び外へ出てきて「おかえりなさいませ」とていねいに頭を下げた。

「お兄様、おかえりなさい」
 
 真っ先に出迎えにやってきたのは、篤志さんの妹の千草さんだった。
 彼女は私より二歳年下の十八歳。あどけない仕草がかわいらしく、篤志さんと同じく美しい顔立ちをしている。

「ただいま。ところで、どうして家でそんな格好をしてるんだ?」

 篤志さんがそう尋ねると、千草さんはくるりとその場で回ってウフフと笑った。

「新調したの。いいでしょう? お兄様に見せたくて」

 彼女が身に着けていたのは、淡い卵色の地に大輪の花が描かれた着物で、深緑色の帯を締めている。
 確かに、家の中で普段着るものとしてはいささか派手だ。

「こんにちは。そのお着物、とてもよくお似合いですね。銘仙(めいせん)ですか?」

 私がそう問うと、千草さんはコクリとうなずいた。