死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

「その節は、ありがとうございました」

 天澤製薬の使いの人がすぐに薬を届けてくれたので、父も私もとても感謝していた。

「郵便の中に、私個人宛ての手紙も入っていました」
「手紙?」
「もし、自分がこの世を去ることがあったら、と……琴乃さんの身を案じておられました」

 天澤さんはそう言って鞄の中から白い封筒を出し、その中に入っている手紙を広げて机の上に置いた。

「読んでもいいんですか?」
「どうぞ」

 父はいったいどんなことを書いたのか……。気になった私はおそるおそる手紙に目を通した。

【天澤篤志様

 突然このような手紙を差し上げる無礼をお許しください。
 恥ずかしながら、私も息子や妻と同じ病を発症いたしました。医者である私には、自らに残された時間がそう長くないとわかっています。
 己の死を恐れることはありません。しかし、ただひとつ、この世に残していく娘の琴乃のことだけが心配でならないのです。

 長男の千太が先に亡くなり、我が桐ケ谷家には家督を継ぐ男子がおりません。そのため、私が死ねばこの家は取り潰しとなります。
 世間は労咳を出した我が家を呪われた家と嫌うでしょう。
 そんな中で、天涯孤独の身となった琴乃には、頼るべき親類も、行くあてもございません。
 華族の令嬢という身分を奪われ、死病を出した家の娘として、世間の冷たい風に晒されながら路頭に迷うであろう娘の行く末を思うと、胸が押しつぶされそうです。

 琴乃は医者である私の背中を見て育ちました。聡明で気高い、自慢の娘です。
 どうか、どうかお願いです。私の死後、世間から孤立し、ひとりぼっちになってしまうあの子に、あなたの大きな力を貸してはいただけないでしょうか。

 不躾で、あまりにも身勝手なお願いであることは百も承知しております。
 しかし、古い慣習にとらわれず、常に新しい時代を見据えておられる貴殿の立派な志と温かきお人柄だけが、今の私の唯一の希望なのです。不憫な娘を、どうかよろしくお願い申し上げます】