死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 天澤さんは、どこか尊敬の念をはらんだ瞳で私をじっと見つめた。
 彼の穏やかで深い眼差しは、私の張り詰めた心を優しく溶かしていくかのようだ。

 彼は私の肩がかすかに震えていることにも気づいているのだろう。
 それでも、何もかもをひとりで背負おうとする私を、彼はただ静かに見守ろうとしてくれている気がした。

「必要な薬があれば、すぐに届けさせます。その際はご連絡ください」
「ありがとうございます」
「桐ケ谷先生にお会いしてご挨拶をしたかったんですが、今日はこれで失礼します。回復された折には、また改めてお目にかかりますので。どうぞ、よろしくお伝えください」
「はい。すみません」

 天澤さんはもう一度ていねいに一礼すると、すっくと立ちあがって玄関へと向かった。
 ガラガラと引き戸を開けると、夕暮れの光が、薄暗い玄関口にすうっと差し込んでくる。
 彼は門の前に停めていた漆黒の自動車の横で足を止め、最後に振り返って私に視線を送った。
 
「……琴乃さん。どうか、ご無理をなさらないように」

 その一言を残し、彼は車へと乗り込んでいった。
 私は深く一礼し、やがて土煙の向こうに消えていく車のうしろ姿を、門の前で見送った。

 天澤さんが去ったあとの屋敷は、すぐに元の静寂と冷たい空気に包まれた。
 だけど、彼の真摯で真っすぐな言葉は、凍てつく私の心に小さな灯火として残り続けていた。