死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~

 天澤さんは一歩下がると、私に向けて深く一礼した。
 天澤家からは使いの人がやってきて、過分な額の香典を届けてくれている。頭を下げたいのはこちらのほうだ。

「お線香だけでも上げさせてもらえませんか?」
「はい。どうぞ、屋敷のほうへ」
 
 若いながらも、大企業の社長として大勢の人間を率いる彼は、いつ見ても堂々としている。
 異端児と恐れられるほど冷徹だという噂だけれど、今は母を亡くした私の痛みを分かち合おうとしてくれているのがわかった。
 その真摯な振る舞いに、張り詰めていた心がほんの少しだけ和らいでいく。

 廊下ではなく診療所の脇道から奥へ抜け、本宅の玄関を通って天澤さんを仏間へ案内した。
 すると彼は静かに仏壇の前で正座し、線香に火をつけて手を合わせていた。

「粗茶ですが、どうぞ」

 台所で淹れたお茶と皿にのせた羊羹を、仏間にいる天澤さんへそっと出した。

「今日は、桐ケ谷先生……お父上は外出されているんですか?」
「……えっと……おります」

 差し出した茶托が、かすかにカタカタと音を立てた。
 どう返事をしようかと迷い、あわてて視線を逸らしたものの、こわばる顔は隠しようがない。
 父が今どこにいて、どんな状態なのかを説明しようとすると、どうしてもつらくなって喉の奥が詰まってしまうのだ。