『君と見つけた、春色の約束 そして、未来へ』

 冬の澄んだ空気が街を包む十二月。

 イルミネーションに彩られた東京の夜は、まるで星が地上に降りてきたかのように輝いていた。

 陽斗はその夜、一人で歩いていた。

 コートのポケットには、小さな箱が入っている。

 何度も触れては、また手を離す。

「緊張するな……。」

 仕事のプレゼンでは何百人の前でも堂々と話せるようになった。

 それなのに、今日だけは心臓が落ち着かなかった。

 この日のために、何か月も前から準備してきた。

 レストランを予約し、思い出の場所を巡る計画を立て、そして何より、一番大切な言葉を何度も頭の中で繰り返してきた。

 今日。

 陽斗は、美緒にプロポーズをする。

     ◇

 一方、美緒は待ち合わせ場所へ向かっていた。

「遅れてないよね……。」

 時計を見ながら少し早足になる。

 陽斗からは「今日は一日空けておいて」とだけ言われていた。

 理由は教えてくれない。

 少しだけ不思議だったけれど、その声がいつもより緊張していたことだけは覚えていた。

 待ち合わせ場所に着くと、陽斗はいつもと同じ優しい笑顔で立っていた。

「お待たせ。」

「いや、俺も今来たところ。」

「それ、定番のセリフ。」

 二人は顔を見合わせて笑う。

 その何気ない時間が、陽斗にはいつも以上に愛おしく感じられた。

     ◇

 最初に向かったのは、大学近くの桜並木だった。

 冬の桜並木には葉も花もない。

 それでも二人にとっては、一番大切な場所だった。

「ここ、覚えてる?」

 陽斗が尋ねる。

「もちろん。」

「初めて手をつないだ日。」

「喧嘩して仲直りした日。」

「卒業の日。」

 美緒は静かに微笑む。

「全部ここだったね。」

 二人はゆっくり歩きながら、一つひとつの思い出を語り合った。

 笑った日。

 泣いた日。

 夢を語った日。

 遠距離恋愛を乗り越えた日。

 そのすべてが、この道につながっていた。

     ◇

 夕方。

 二人は予約していたレストランで食事を楽しんだ。

 窓の外には東京の夜景が広がっている。

「美味しかったね。」

「うん。」

 食後のコーヒーを飲みながら、美緒が微笑む。

「今日は何だか特別な日みたい。」

 陽斗は思わず苦笑する。

「ばれてる?」

「少しだけ。」

「そんなに顔に出てた?」

「すごく。」

 二人は笑い合った。

 その笑顔に、陽斗の緊張も少しだけ和らぐ。

     ◇

 店を出ると、夜空には小さな雪が舞い始めていた。

「雪だ。」

 美緒が嬉しそうに空を見上げる。

「今年初めてかな。」

「そうだね。」

 二人はゆっくりと、大学時代にも訪れた丘へ向かった。

 街の明かりが一望できるその場所。

 初めて将来の夢を語り合った、大切な場所だった。

 風は冷たかったが、不思議と寒さは感じなかった。

「美緒。」

 陽斗が静かに名前を呼ぶ。

「うん。」

「少し聞いてほしい。」

 美緒は黙って頷いた。

     ◇

「大学で初めて会った日。」

「絵を描いてる美緒を見て、すごくきれいだと思った。」

「一緒に過ごすうちに、美緒の笑顔も、泣き顔も、夢に向かって頑張る姿も全部好きになった。」

 陽斗は少し照れながら笑う。

「社会人になって離れて暮らした時、本当に美緒の存在の大きさを知った。」

「会えない時間もあった。」

「寂しい夜もあった。」

「それでも、美緒がいたから頑張れた。」

 美緒の瞳が少しずつ潤んでいく。

「どんな未来を想像しても。」

「そこには、いつも美緒がいた。」

 陽斗はゆっくりとポケットへ手を入れた。

 小さな箱を取り出す。

 震える指で箱を開くと、柔らかな光を受けて指輪が輝いた。

     ◇

 陽斗はゆっくりと片膝をつく。

 美緒は驚きで言葉を失っていた。

「美緒。」

「これから先も。」

「春も。」

「夏も。」

「秋も。」

「冬も。」

「何十年先も。」

「ずっと隣で笑っていてほしい。」

 一度、大きく息を吸う。

 そして、真っ直ぐ美緒を見つめた。

「結婚してください。」

     ◇

 一瞬、世界から音が消えたようだった。

 美緒は両手で口を押さえ、涙をこぼしている。

「……ずるい。」

 泣きながら笑う。

「そんな言い方されたら。」

 何度も涙を拭こうとするが、次から次へとあふれてくる。

「返事は……。」

 陽斗が少しだけ不安そうに笑う。

 美緒は大きく頷いた。

「はい。」

「喜んで。」

 その一言だった。

 陽斗は心から安堵したように笑い、そっと指輪を美緒の左手の薬指にはめる。

 ぴったりだった。

「ありがとう。」

「こちらこそ。」

 二人は自然と抱きしめ合う。

 夜景が静かに輝く中、雪は優しく降り続いていた。

     ◇

「ねぇ。」

 美緒が陽斗の肩にもたれながら言う。

「覚えてる?」

「何を?」

「大学一年生の春。」

「桜の木の下で交わした約束。」

 陽斗は微笑む。

「もちろん。」

「『ずっと隣で笑っていよう』って。」

「うん。」

「やっと叶うね。」

 陽斗は静かに頷いた。

「ああ。」

「ここからが、本当の始まりだ。」

 二人は指を絡める。

 薬指には、新しい約束の証が輝いていた。

 恋人として歩いた日々。

 遠距離を乗り越えた時間。

 夢を追いかけ続けた毎日。

 そのすべてが、この瞬間につながっていた。

 雪が舞う夜空の下。

 二人は新しい未来へ向かって、一歩を踏み出す。

 それは、一生に一度の約束。

 そして、永遠に続く幸せの始まりだった。

──最終章「君と見つけた、春色の約束」へ続く。