『君と見つけた、春色の約束 そして、未来へ』

 社会人になって四年目の春。

 今年も桜は変わらず街を優しく包み込んでいた。

 陽斗は休日の朝、いつものように東京駅へ向かっていた。

 ホームには大阪から来る新幹線がゆっくりと滑り込んでくる。

 見慣れた扉が開き、多くの人が降りてくる中で、一人の女性が大きく手を振った。

「陽斗!」

「美緒!」

 会えない時間が長くなればなるほど、その笑顔は何よりのご褒美だった。

 二人は顔を見合わせ、自然と笑みがこぼれる。

「おかえり。」

「ただいま。」

 その言葉だけで、お互いの心が満たされていく。

     ◇

 その日、二人は大学時代によく歩いた桜並木を訪れた。

 四年前、恋人になった場所。

 初めて将来の夢を語り合った場所。

 喧嘩をして、仲直りした場所。

 数え切れないほどの思い出が詰まっている。

「懐かしいね。」

 美緒が舞い落ちる桜を見つめながら微笑む。

「あの頃は社会人なんて想像もできなかった。」

「毎日会えるのが当たり前だったし。」

「今思えば、贅沢だったよね。」

 陽斗は静かに頷いた。

 離れて暮らして初めて分かった。

 隣にいることが、どれほど幸せだったのか。

     ◇

 昼食を終えた帰り道。

 美緒が少し真剣な表情で切り出した。

「陽斗。」

「ん?」

「話したいことがあるの。」

 その声色に、陽斗も表情を引き締める。

「実はね。」

 美緒はバッグから一枚の書類を取り出した。

「東京本社への異動希望が通ったの。」

 一瞬、時間が止まったようだった。

「……本当?」

「うん。」

「来月から東京勤務。」

 陽斗は思わず言葉を失う。

 何度も夢見た未来。

 同じ街で暮らせる日。

 それが、ついに現実になろうとしていた。

「美緒……。」

「やっと。」

 美緒は少し涙ぐみながら笑う。

「また近くにいられる。」

 陽斗は何も言わず、美緒を優しく抱きしめた。

 桜の花びらが二人を包み込むように舞っていた。

     ◇

 翌月。

 美緒は東京へ引っ越してきた。

 新しい職場。

 新しい部屋。

 新しい生活。

 そして何より――

「おはよう。」

「おはよう。」

 休日になれば、電車に何時間も乗ることなく会える。

 一緒に買い物へ行き、一緒に食事をし、夕暮れまで散歩をする。

 そんな何気ない時間が、二人には何より幸せだった。

「やっぱり近いっていいね。」

 美緒が笑う。

「毎週会える。」

「いや。」

 陽斗も笑った。

「会おうと思えば、平日の夜だって会える。」

 二人は顔を見合わせ、大笑いした。

     ◇

 夏。

 陽斗は仕事で大きなプロジェクトを成功させ、社内表彰を受けた。

「神崎君、おめでとう。」

 拍手に包まれながら賞状を受け取る。

 その夜。

「本当におめでとう。」

 美緒はレストランで小さな花束を渡した。

「ありがとう。」

「ずっと頑張ってきたもんね。」

「美緒が支えてくれたからだよ。」

「私?」

「遠距離でも、いつも応援してくれた。」

 陽斗は花束を見つめながら微笑んだ。

「一人じゃここまで来られなかった。」

 美緒は照れくさそうに笑い、小さく「こちらこそ」と呟いた。

     ◇

 秋。

 美緒にも大きな転機が訪れる。

 全国デザインコンテストで、ついに最優秀賞を受賞したのだ。

 授賞式の日。

 会場には多くのクリエイターが集まっていた。

 名前が呼ばれる。

「朝比奈美緒さん。」

 拍手の中、美緒は壇上へ上がる。

 客席には、誰よりも嬉しそうに拍手を送る陽斗の姿があった。

 賞状を受け取った美緒は、壇上から陽斗を見つける。

 目が合う。

 ただそれだけで、胸がいっぱいになった。

 努力してきた日々。

 泣いた夜。

 遠距離恋愛で励まし合った時間。

 そのすべてが、この瞬間につながっていた。

     ◇

 帰り道。

 二人は夜景の見える展望台へ立ち寄った。

 東京の街には無数の明かりが輝いている。

「夢って叶うんだね。」

 美緒が静かに呟く。

「全部じゃないけど。」

「少しずつ。」

 陽斗が答える。

「そして、新しい夢ができる。」

「新しい夢?」

 陽斗は夜景を見つめたまま、小さく微笑んだ。

「美緒と、もっと先の未来を歩くこと。」

 美緒は少し驚いたように陽斗を見つめる。

 その言葉の意味を、何となく感じ取っていた。

 でも、あえて何も聞かなかった。

 その時が来たら、きっと陽斗が話してくれる。

 そう信じていたから。

     ◇

 冬。

 クリスマスが近づく街は、色とりどりのイルミネーションに包まれていた。

 二人は肩を並べて歩きながら、一年前とは違う景色を見ていた。

 もう「次はいつ会える?」と数える必要はない。

 明日も。

 来週も。

 その先も。

 一緒に過ごせる。

「幸せだね。」

 美緒がぽつりと呟く。

「ああ。」

 陽斗は優しく微笑んだ。

「でも。」

「ん?」

「俺には、もう一つ叶えたい夢がある。」

 そう言って、美緒の手をそっと握る。

 その横顔には、どこか決意の色が浮かんでいた。

 春から続いてきた物語は、いよいよ大きな転機を迎えようとしている。

 人生を変える、本当の春は――

 もうすぐそこまで来ていた。

──第九章「一生に一度の約束」へ続く。