『君と見つけた、春色の約束 そして、未来へ』

 社会人三年目の春。

 東京の桜は今年も変わらず、美しく咲き誇っていた。

 陽斗は会社の窓から舞い散る花びらを眺めながら、小さく息をつく。

「もう三年か……。」

 大学を卒業したばかりだと思っていた日々は、いつの間にか思い出へと変わっていた。

 仕事にも慣れ、大きなプロジェクトを任される機会も増えた。

 忙しい毎日。

 それでも、心のどこかではいつも美緒の存在が支えになっていた。

     ◇

 一方、大阪。

 美緒は会社の会議室で、自身が手掛けたデザインのプレゼンテーションを終えた。

「朝比奈さんの案で進めましょう。」

 部長のその一言に、会議室は拍手に包まれる。

「ありがとうございます。」

 深く頭を下げる美緒の胸には、学生時代に抱いた夢が少しずつ形になっている実感があった。

 帰り道、スマートフォンが震える。

『お疲れ。プレゼンどうだった?』

 陽斗からだった。

 美緒はすぐに返信する。

『採用されたよ!』

 数秒後。

『おめでとう!今日は電話しよう。』

 その短いメッセージだけで、疲れが吹き飛んでいった。

     ◇

 六月。

 陽斗は会社から突然呼び出された。

「神崎。」

 部長が一枚の資料を差し出す。

「新規プロジェクトの責任者を任せたい。」

「……私がですか?」

「若手ではあるが、お前なら任せられる。」

 責任者。

 それは大きなチャンスだった。

 しかし同時に、これまで以上に忙しくなることも意味していた。

「ありがとうございます。」

 陽斗は覚悟を決めて頭を下げた。

     ◇

 その夜。

 ビデオ通話でその話をすると、美緒は自分のことのように喜んだ。

「すごいじゃん!」

「正直、不安だけどね。」

「陽斗なら大丈夫。」

「根拠は?」

「私が一番知ってるから。」

 美緒は笑う。

「努力を続けられる人だって。」

 その言葉に、陽斗は思わず照れ笑いを浮かべた。

「ありがとう。」

「私も頑張る。」

「お互い負けられないな。」

「うん!」

 画面越しに笑い合う時間は、三年経っても変わらず二人の心をつないでいた。

     ◇

 夏。

 久しぶりに三連休が重なり、二人は海の見える小さな港町へ旅行に出かけた。

 青い空。

 どこまでも続く海。

 潮風が優しく頬をなでる。

「やっぱり旅行っていいね。」

 美緒が海を眺めながら言う。

「仕事のこと全部忘れられる。」

「たまには必要だよ。」

 二人は海沿いをゆっくり歩く。

 学生時代には話さなかったことを、自然と話すようになっていた。

「将来さ。」

 美緒が静かに切り出す。

「どんな家に住みたい?」

「急にどうした?」

「なんとなく。」

 陽斗は少し考える。

「大きくなくていい。」

「うん。」

「帰ってきたら『おかえり』って言える家。」

「……いいね。」

「美緒は?」

「私はね。」

 少し照れながら笑う。

「絵が描ける部屋がほしい。」

「それと?」

「窓から桜が見える家。」

「桜が好きだもんな。」

「うん。」

 二人は未来の話をしながら歩き続けた。

 まだ形になっていない夢。

 それでも、不思議とその未来が想像できた。

     ◇

 旅行の二日目。

 海辺のカフェで休んでいると、隣の席に小さな男の子と両親が座った。

「お父さん見て!」

 男の子は砂浜で拾った貝殻を嬉しそうに見せている。

 その姿を見た美緒が優しく微笑んだ。

「かわいい。」

「ああ。」

 しばらく眺めていると、美緒がぽつりと呟く。

「いつか……。」

「うん?」

「私たちも、あんな家族になれたらいいね。」

 陽斗は驚いたように美緒を見る。

 照れながら俯く美緒。

 その横顔が、とても愛おしく見えた。

「きっとなれるよ。」

 その一言に、美緒は嬉しそうに笑った。

     ◇

 秋。

 美緒が応募していた全国デザインコンテストの結果が発表された。

 陽斗は仕事中にもかかわらず、何度もスマートフォンを確認していた。

 昼休み。

 ようやく一通のメッセージが届く。

『入賞したよ。』

 その文字を見た瞬間、陽斗は思わず立ち上がった。

「やった……!」

 周りの社員が驚くほど大きな声だった。

 その日の夜。

 電話越しに美緒は泣きながら笑っていた。

「夢に少し近づけた。」

「いや。」

 陽斗は優しく言う。

「もう夢の途中にいるんだ。」

 その言葉に、美緒は何度も頷いた。

     ◇

 冬。

 クリスマスイブ。

 二人は東京で待ち合わせをしていた。

 イルミネーションに彩られた街。

 雪が少しだけ舞っている。

「寒いね。」

「うん。」

 そう言いながらも、つないだ手は温かかった。

 広場の大きなクリスマスツリーの前で立ち止まる。

 色とりどりの光が二人を優しく照らしていた。

「今年も終わるね。」

 美緒が静かに言う。

「いろんなことがあった。」

「仕事も。」

「夢も。」

「遠距離も。」

 陽斗は空を見上げた。

「でも、一つだけ変わらなかった。」

「何?」

 美緒が首をかしげる。

 陽斗は少し照れながら笑った。

「美緒を好きな気持ち。」

 一瞬、美緒は目を丸くした。

 そして、顔を真っ赤にしながら笑う。

「急にそんなこと言うなんて反則。」

「本当のことだから。」

「私も。」

 その返事は、小さく、それでも誰よりも優しかった。

 イルミネーションの光が、二人の笑顔を照らす。

 未来はまだ見えない。

 けれど、どんな景色の先にも、隣にはこの人がいる。

 そう信じられることが、何よりの幸せだった。

 雪が静かに舞い降りる夜。

 二人は寄り添いながら歩き続ける。

 未来というキャンバスに、新しい幸せを少しずつ描きながら。

──第八章「人生を変える春」へ続く。