『君と見つけた、春色の約束 そして、未来へ』

 社会人になって二年目の春。

 陽斗も美緒も、それぞれの仕事に少しずつ余裕が生まれ始めていた。

 新人だった頃は毎日が精一杯だった。

 失敗して落ち込み、先輩に励まされ、気づけば一日が終わる。

 そんな日々を乗り越え、今では後輩を指導する立場になることも増えていた。

 忙しさは変わらない。

 それでも、二人の心には少しだけ余裕が生まれていた。

     ◇

「神崎さん、ありがとうございます!」

 会社の後輩が頭を下げる。

「この資料、すごく分かりやすかったです。」

「ありがとう。」

 陽斗は照れくさそうに笑った。

 ふと、入社したばかりの自分を思い出す。

 右も左も分からず、不安ばかりだったあの頃。

 今こうして誰かの役に立てていることが、少しだけ誇らしかった。

 仕事帰り、スマートフォンを見る。

 そこには美緒から写真が届いていた。

『今日は会社の近くで桜が咲いてたよ。』

 満開の桜の写真。

 その一枚だけで、陽斗は自然と笑顔になった。

『東京も咲き始めたよ。今度一緒に見よう。』

 そう返信すると、すぐに返事が届く。

『約束ね。』

 その二文字が、胸を温かくした。

     ◇

 一方、大阪。

 美緒は会社のデザインコンテストに応募する作品を仕上げていた。

「朝比奈さん、この作品すごくいいね。」

 先輩デザイナーが微笑む。

「本当に?」

「色使いが朝比奈さんらしい。」

 その言葉に、美緒は少しだけ照れ笑いを浮かべた。

 社会人になってから、自分らしいデザインを描く時間は減った。

 だからこそ、このコンテストだけは、自分の想いを込めた作品にしたかった。

 テーマは――

『約束』

 桜並木を歩く二人の後ろ姿。

 言葉はなくても、見る人の心が温かくなるような一枚だった。

「陽斗に一番に見せたいな。」

 美緒は完成した絵を見つめながら、小さく微笑んだ。

     ◇

 数週間後。

 久しぶりに二人の休日が重なった。

 待ち合わせ場所は、一年前と同じ東京駅。

「陽斗!」

 改札を抜けた美緒が、大きく手を振る。

 陽斗も自然と笑顔になる。

「久しぶり。」

「二か月ぶりかな。」

「そんなに経った?」

「うん。」

 少し照れながら向かい合う。

 会えない時間が長かったせいか、最初の数秒だけぎこちない。

 けれど、それはほんの一瞬だった。

「お腹空いた?」

「すごく。」

「じゃあ、まずご飯だな。」

 二人は笑いながら歩き出した。

     ◇

 午後。

 二人は学生時代によく訪れた公園へ向かった。

 桜は満開。

 風が吹くたびに花びらが舞い、まるで春が二人を歓迎しているようだった。

「懐かしいね。」

 ベンチに腰掛けながら、美緒が言う。

「ここでお弁当食べたよね。」

「美緒が卵焼き焦がした日。」

「忘れて!」

「ちゃんと全部食べたけど。」

「優しかったなぁ。」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 思い出話は尽きない。

 学生時代。

 初めてのデート。

 喧嘩した日。

 仲直りした日。

 一つひとつが、大切な宝物だった。

     ◇

「ねぇ、陽斗。」

 美緒が少し真面目な表情になる。

「仕事、楽しい?」

「大変だけど楽しい。」

「そっか。」

「美緒は?」

「私も。」

 少し間を置いて続ける。

「でもね。」

「うん。」

「夢って、叶えたら終わりじゃないんだね。」

「どういうこと?」

「デザイナーになるのが夢だった。」

「でも、なったら今度は『もっといい作品を描きたい』って思うようになった。」

 陽斗は静かに頷く。

「俺も同じだ。」

 社会人になって終わりではない。

 新しい夢が、また生まれていく。

     ◇

 夕暮れ。

 桜並木を歩いていると、一組の老夫婦が手をつないで歩いていた。

 二人とも白髪になりながら、穏やかに笑っている。

 その姿を見た美緒は足を止めた。

「素敵だね。」

「ああ。」

「何十年経っても、あんなふうに歩けたらいいな。」

 陽斗はその言葉を聞いて、小さく笑う。

「歩こう。」

「え?」

「俺たちも。」

「おじいちゃんと、おばあちゃんになっても。」

 美緒の瞳が少し潤む。

「……うん。」

 返事はそれだけだった。

 けれど、その一言に、たくさんの想いが込められていた。

     ◇

 夜。

 別れの時間が近づく。

 新幹線のホーム。

「また離れちゃうね。」

 美緒が少し寂しそうに笑う。

「でも。」

 陽斗は優しく言う。

「今度は前ほど寂しくない。」

「どうして?」

「次に会える日を知ってるから。」

 ポケットから手帳を取り出す。

「来月は大阪。」

「その次は東京。」

「夏は旅行。」

「秋は美術展。」

 二人は次々と予定を確認しながら笑い合う。

 未来には、楽しみな約束がたくさん増えていた。

 もう、「会えない時間」だけを見つめることはない。

 「また会える日」があることを知っているから。

 発車ベルが鳴る。

 美緒は乗車口へ向かい、振り返る。

「陽斗。」

「ん?」

「約束は消えないね。」

「ああ。」

「ずっと。」

 陽斗は力強く頷いた。

「何年経っても。」

 新幹線がゆっくりと動き出す。

 窓越しに手を振る美緒。

 その笑顔を見送りながら、陽斗も静かに手を振り返した。

 春に交わした約束。

 遠距離恋愛で交わした約束。

 未来への約束。

 その一つひとつが、二人を少しずつ幸せな未来へ導いていた。

──第七章「未来を描く場所」へ続く。