『君と見つけた、春色の約束 そして、未来へ』

 季節は巡り、桜の季節は何度も過ぎていった。

 気がつけば、陽斗と美緒は大学四年生になっていた。

 キャンパスを歩く景色は変わらない。

 けれど、その中を歩く二人は少しだけ大人になっていた。

 講義よりも卒業研究。

 就職活動。

 将来について考える時間が増え、学生生活の終わりが少しずつ近づいていることを実感していた。

     ◇

「四年生かぁ……。」

 大学の中庭で、美緒が空を見上げる。

「去年までは先輩を見送る側だったのに。」

「今度は俺たちが卒業する番だな。」

 陽斗がそう言うと、美緒は少し寂しそうに笑った。

「この場所、大好きだったな。」

「俺も。」

 二人が初めて昼食を食べたベンチ。

 初めて喧嘩をして仲直りした噴水。

 夕暮れまで語り合った芝生。

 どこを見ても思い出ばかりだった。

     ◇

 ある日の放課後。

 美術棟のアトリエでは、卒業制作が始まっていた。

 広い部屋には、大きなキャンバスがいくつも並んでいる。

 美緒は真っ白なキャンバスを前に、静かに深呼吸をした。

「今回は、今までで一番大きな作品になるね。」

 隣で教授が優しく微笑む。

「何を描くか決まったかい?」

「はい。」

 美緒は力強く頷いた。

「私が歩いてきた時間です。」

「ほう。」

「出会い、涙、笑顔、夢……全部を一枚に描きたいんです。」

 教授は満足そうに頷いた。

「君らしい作品になりそうだ。」

     ◇

 一方、陽斗も卒業論文に追われる毎日だった。

 パソコンと向き合い、資料を読み込み、気づけば時計は夜中を指している。

「はぁ……。」

 肩を回しながら窓の外を見る。

 机の端には、美緒と撮った一枚の写真。

 去年の夏祭り。

 二人で笑っている写真だった。

「もう少し頑張るか。」

 自然と力が湧いてくる。

 誰かの存在が、こんなにも支えになることを陽斗は知っていた。

     ◇

 六月。

 就職活動も本格化し始める。

 ある日、陽斗は第一志望の企業から最終面接の案内を受け取った。

「やったじゃん!」

 美緒は自分のことのように喜ぶ。

「まだ受かったわけじゃないけど。」

「それでもすごいよ!」

「ありがとう。」

 その笑顔を見るだけで、不思議と緊張が和らいでいく。

「美緒は?」

「私も、デザイン会社の選考が進んでる。」

「さすが。」

「でもね。」

 美緒は少し表情を曇らせた。

「勤務地がまだ分からないんだ。」

「そっか。」

 二人は顔を見合わせる。

 同じ街で働ける保証はどこにもない。

 それでも、その不安を今は言葉にできなかった。

     ◇

 夏休み前。

 二人は久しぶりに大学近くの丘へ足を運んだ。

 ここは一年生の頃、美緒が「いつか夢を叶えたい」と話した場所だった。

 夕日が街を優しく照らしている。

「覚えてる?」

 美緒が静かに聞く。

「もちろん。」

「ここで私、泣いたよね。」

「夢に自信が持てなくて。」

「うん。」

 陽斗は笑いながら頷いた。

「でも今の美緒なら、大丈夫。」

「そう思う?」

「誰よりも努力してきたの知ってるから。」

 美緒は少し照れながら笑った。

「陽斗も変わったね。」

「そうかな。」

「前は思ってても口にできなかった。」

「今はちゃんと言葉にしてくれる。」

「……美緒のおかげだよ。」

 二人は丘のベンチに腰掛け、ゆっくりと夕日を眺めた。

 何も話さない時間さえ、心地よかった。

     ◇

 秋。

 卒業制作展が開催された。

 美緒の作品は、訪れた人々の目を引いていた。

 タイトルは――

『歩んだ季節、その先へ』

 一枚の大きな絵の中に、春、夏、秋、冬が描かれている。

 桜並木。

 青空のキャンパス。

 紅葉に染まる坂道。

 雪が降る駅前。

 そして、そのすべての景色の中を歩く、一組の男女。

 言葉はなくても、見た人の心に温かさが伝わる作品だった。

「素敵な絵ですね。」

 来場者の一人がそう言うと、美緒は少し照れながら頭を下げた。

 少し離れた場所から、その様子を見ていた陽斗は静かに微笑む。

「本当に夢に近づいてるんだな。」

 そう呟いた。

     ◇

 冬。

 卒業論文も提出し終え、大学生活は残りわずかとなった。

 雪が降るキャンパスを、二人はゆっくり歩く。

「もうすぐ卒業だね。」

 美緒が小さく呟く。

「寂しい?」

「すごく。」

「俺も。」

 四年間。

 嬉しかった日も。

 泣いた日も。

 喧嘩した日も。

 全部、この大学に残っている。

「でも。」

 陽斗は空から舞い落ちる雪を見上げた。

「終わりじゃない。」

「うん。」

「ここから新しい人生が始まる。」

 美緒はそっと陽斗の腕に寄り添う。

「その人生も、一緒に歩いてくれる?」

 陽斗は迷わず答えた。

「あたりまえだ。」

 その返事に、美緒は安心したように微笑んだ。

     ◇

 卒業式当日。

 満開ではないものの、桜の蕾が少しずつ膨らみ始めていた。

 二人は卒業証書を受け取り、思い出の桜並木へ向かう。

「ここから全部始まったね。」

 美緒が静かに言う。

「ああ。」

「恋も。」

「夢も。」

「約束も。」

 二人は手をつなぎ、桜の木を見上げた。

 学生として過ごした時間は終わる。

 けれど、二人の物語はまだ終わらない。

 この先には、社会人として歩む新しい日々が待っている。

 期待もある。

 不安もある。

 それでも、隣には大切な人がいる。

 だから、きっと大丈夫。

 春風が二人の間を優しく吹き抜ける。

 新しい人生への扉が、静かに開き始めていた。

──第五章「それぞれの道」へ続く。