陽炎に揺れる夢

暦の上では、もう立派な秋だ。
でも、暑さは真夏のまま。
時折、軽く乾いた風が、こっそりと「秋だよ」と教えに来るくらいだ。

前の席の朝比奈君は相変わらず、周りの空気を歪ませていた。

(陽炎が消えたのは、あの一瞬だけだったな)

私も同じようにゆらゆらと空気を揺らしながら、心の中でそう思った。

クラスでは、11月の文化祭に向けて、足並みを揃えていた。

私たちのクラスは劇をやることに決まった。
演劇部を中心に、脚本や舞台デザイン、衣装といった担当は、できる人が名乗りを上げ、粛々と準備を進めている。

私も朝比奈君も、段ボール運びや色塗りなど、指示されたことをただ黙々とこなすだけだった。

私たちは相変わらず、美化委員の仕事があった放課後に、ファミレスに集まっている。

話題は、次にどんなアイテムを作ろうか、ということだ。

私は、自分用の可愛いアイテムと同時に、男性向けのものも作るようになった。

「今、何を作ってるの?」

朝比奈君が聞く。

「お花をモチーフにした正方形を繋ぎ合わせて、三角形のショールを作ってるの。頭巾みたいに頭から被って、顎の下で結んでも可愛いと思うんだ」

「それはさすがに、俺は身につけられないな」

思わず、彼がそれを身につけた姿を想像してしまう。

「ふふっ、案外似合うかもよ」

「おいっ、俺を想像で遊ぶなよ」

そんなやり取りをしていると、他人の目も恐怖も気にならずに、ただ穏やかに時間が流れている。

今のこの感覚が、とても楽しくて、なんだか私も『普通』なんだと実感できる。

「あっ、この前言われたもの、できたんだよ。男性でも持てるスマホショルダー。都合のいい時に、撮影させてもらってもいいかな?」

「OK。放課後は特に何もないから、いつでもいいよ」

「ありがとう。決まったら連絡するね」

私はスマホを操作しながら話を続けた。

「あ、あとね、インスタをフォローしてくれてる人が『サイズ感が伝わってわかりやすい』って書いてくれたの。写真も、何人かが『すごく素敵』っていいねしてくれてるんだ。見て」

そう言って、私は自分のインスタを朝比奈君に見せた。

朝比奈君は、差し出されたスマホを自分の方に引き寄せると、

「ほんとだ」と言いながら、真剣な顔でコメントを見ていった。

「なぁ、遠野のインスタ、いいねの数すごくない?」

「えっ?こんなマニアックなインスタ、いつも10くらいしかつかないよ」

私は訝しげに、朝比奈君を見つめた。

(朝比奈君は何を言ってるんだろう…?)

「だって、もうすぐ100いきそうになってる。しかもこれ」

朝比奈君はスマホを百八十度回転させると、私に向けた。

「ここのメッセージリクエスト、56ってなってるよ」

「そんなわけないよ」

私はスマホを受け取ると、笑いながら画面を確認する。

(えっ、何これ…?)

普段、私のインスタなんて誰も見ないだろうからと、通知はオフに設定している。

恐る恐る、メッセージリクエストをタップした。

DMをくれているほとんどの人は、「写真の男の子は誰ですか?」と書いていた。

固まった私を不審に思った朝比奈君は、私の手からスマホを抜き取った。

「えっ? 俺…?」

とりあえず、この件については、インスタの中では触れないことにしよう、と二人で話し合った。