陽炎に揺れる夢

撮影を終了し、辺りは薄い闇に包まれ始めた。

朝比奈君は急いで防寒着を脱ぐと、

「ふわーっ、暑かった」

と、タオルで頭から拭き始めた。

「ごめんね、暑い思いさせちゃって……」

そう謝ると、朝比奈君は、少し満足そうに話し始めた。

「モデルってさ、次のシーズン用の服を撮るだろ? だから、今みたいに、夏に秋や冬の服、冬は半袖で海!みたいな写真も、結構あるんだ」

「だから、今日は本物のモデルになれたみたいで、嬉しかったんだよ」

「自分の人生で、こうして『誰かに見てほしい服』を着られる日が来るなんて、思ってなかったからさ。遠野には、感謝してる」

身体ごと、私のほうに向き直ると、

「ありがとう」

と、朝比奈君は頭を下げた。

彼の周りの空気は、もう揺らいでいなかった。

「朝比奈君の陽炎、今は出てないよ」

と告げると、彼は

「そっか」

と、静かに微笑んだ。

「その写真、インスタに載せてもらってもいいよ。俺がモデルでよければ」

そう言って、少し照れたように視線を下に落とす。

「えっ、いいの? ありがとう」

思ってもいなかった提案に、私は素直にお礼を言った。

「それとさ、遠野」

朝比奈君は、下げていた視線を私に戻して、

「前髪、ないほうが可愛いと思うよ」

と、いたずらっ子みたいに、にひひと笑った。

「……? えっ?」

私は、思わず手をおでこにやって、

「あーっ!」

と叫んだ。

その声が、公園の中に響き渡る。

そこには、私の分厚い前髪はなくて、
私の目は、世界をはっきりと捉えていた。

慌てて前髪を下ろしながら、私は

「……いつから?」

と、朝比奈君に問いかけた。

「さっき、すごい突風が吹いただろ。その時に、前髪が上がったんだ」

そう言ってから、少し照れたみたいに続ける。

「遠野の目を初めてちゃんと見たから、ちょっとドキッとした。でもさ…」

朝比奈君はまっすぐな目を私に向けた。

「それを見て、俺も眼鏡を外す勇気が出たんだ」