高台から見下ろした街並みが、西陽に染まってオレンジ色に包まれていく。
風も、少しだけ「涼しい」と思わせてくれるようになった。
「そろそろかな。遠野、マフラーちょうだい」
朝比奈君は、私に向かって手を差し出した。
袋から、真っ青なもふもふの塊を取り出す。
規則正しい模様。
それを、彼の手のひらに乗せる。
「綺麗な網目だな。店で売ってるやつみたいだ」
朝比奈君はそれを長い腕で持ち上げたけれど、マフラーの端はまだ膝の上に残ったままだった。
朝比奈君は、それを首にかけた。
「ねえ、形、わからない。整えてくれない?」
マフラーの端を手でつまみながら、不思議そうな顔でこちらを見る。
私は、彼の後ろに回って、フードの形が綺麗になるように整えた。
「まずは、このまま首にかけてるだけの後ろ姿を撮ってもいいかな?」
彼が緊張しないように、まずは後ろ姿から提案した。
立ち上がってコートを羽織ると、
「あっ」
思わず、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「ごめん、順番が逆だった。もう一回、やって」
そう言って、朝比奈君は無邪気な顔を向けながら、私の手が届くように少し屈んだ。
もう一度。今度はコートの上に綺麗にフードを整えた。
すっと立ち上がった彼は、本当にスタイルがいい。
その広い背中に、鮮やかな青の三角が、バランスよく収まった。
「素敵……。よかった、よく似合ってる」
私はマフラーを見て、そう呟いた。
大切な子供を独り立ちさせたような、嫁がせたような……。
(そんな時の親って、きっとこんな気持ちになるのかな)と考えが巡った。
左から差し込む西陽に照らされて、朝比奈君の影が長く地面に伸びる。
そこまでフレームに収めたくて、少し距離を取ってシャッターを切った。
「どうかな、この写真……」
そう言って、私は一度、朝比奈君のところへ駆け寄った。
それを確認した朝比奈君は、画面に目を落としたまま、しばらく動かなくなった。
(えっ、ダメだったかな……。よく撮れたと思ったのに……)
私は、恐る恐る、彼の顔を覗き込む。
(あっ……)
その目は、うっすらと水に覆われていた。
くるりと私に背中を向けて、朝比奈君は
「……いいね」
と小さく呟いた。
少しだけ、肩が震えている気がした。
私も、胸の奥がじん、と熱くなった。
彼の気持ちが、少しだけわかる気がした。
ずっと憧れていた、モデルの仕事。
こんな、素人の、しかも手作りのアイテムを身につけただけなのに。
それでも朝比奈君は、
『モデルとしての自分が、ここにいる』
そう、確かに感じているのだろう。
「ありがとう…」
私は言葉が自然に口から滑り降りた。
驚いた様子でぱっと振り返った彼は、
「それ、俺のセリフだから」
と言って、にかっと笑う。
それから、しっかりとした声で、
「ありがとう」
と、言った。
「じゃあ、今度はフードを被って、横向きで撮ってもいいかな? 暑いのに、申し訳ないんだけど」
そう言うと、朝比奈君はフードを被り
「変じゃない?」
と確認する。
「大丈夫。それじゃあ、お願いします」
カシャ、カシャ。
スマホの軽い音が、熱を含んだ空気の中に溶けていく。
「少し、地面を見てもらってもいいかな」
と、ポーズをリクエストしていく。
(なんだか、本物のカメラマンになったみたい)
少しくすぐったい気持ちになって、一人でにやけてしまう。
最初は棒立ちだった彼も、次第に気分が乗ってきたのか、少しずつ動き出した。
(完璧!)
私は、スキップしそうな勢いで朝比奈君に近づいた。
そのとき――
ぶわっと、生ぬるい風が前から吹いた。
一瞬、土埃を巻き上げるほどの風が、二人の間を吹き抜けていった。
「うわっ」
二人で声を上げた。
「すげー風だったな」
そう言ってこちらを見た朝比奈君は、一瞬、何か言いかけるような顔をしたけれど、結局、何も言わなかった。
少し気になりつつも、私はそれよりも早く、彼に写真を見せたい気持ちのほうが勝って、すぐにそのことを忘れてスマホを向ける。
朝比奈君も、すっと画面に目を落とし、
「……綺麗だ」
と、ため息混じりに言った。
それは、西陽に少しだけオレンジ色に染められた、朝比奈君の横向きの姿だった。
思った以上に素敵な写真が撮れて、欲が出てきてしまった私は、
「あの……。前からの写真を撮ってもいいかな。もちろん、朝比奈君が嫌なら、絶対にインスタには上げないから」
そう聞いてみた。
朝比奈君は、私の目をまっすぐに見てから、少しだけ視線を落とし、考えるような間を置いて、
「……いいよ」
と、短く答えた。
「あ、ありがとう。じゃあ、マフラー、首に巻いてもいい?」
こくり、と朝比奈君は小さく頷く。
私は、頭に被っているフードはそのままに、マフラーの端を整えるようにして、首に巻き付けていく。
そして、マスクの代わりみたいに、顔の半分を隠した。
「……あっ」
熱気のせいで、彼の眼鏡が、みるみる曇っていく。
「眼鏡……。外すの、嫌……だよね?」
そう確認しながら、私は、自分がとても酷なお願いをしていることを分かっていた。
私たちの「目」を隠してくれるものは、呪いみたいに、そこに居続ける。
それがないと、息ができないのだ。
何か喋った拍子に、マフラーが少しずり落ちた。
それを引き上げようと、朝比奈君がマフラーに手をかけた、その瞬間――
カシャ。
まるで、ファッション誌の1ページから抜け出してきたみたいな写真が、私のスマホの中に残っていた。
風も、少しだけ「涼しい」と思わせてくれるようになった。
「そろそろかな。遠野、マフラーちょうだい」
朝比奈君は、私に向かって手を差し出した。
袋から、真っ青なもふもふの塊を取り出す。
規則正しい模様。
それを、彼の手のひらに乗せる。
「綺麗な網目だな。店で売ってるやつみたいだ」
朝比奈君はそれを長い腕で持ち上げたけれど、マフラーの端はまだ膝の上に残ったままだった。
朝比奈君は、それを首にかけた。
「ねえ、形、わからない。整えてくれない?」
マフラーの端を手でつまみながら、不思議そうな顔でこちらを見る。
私は、彼の後ろに回って、フードの形が綺麗になるように整えた。
「まずは、このまま首にかけてるだけの後ろ姿を撮ってもいいかな?」
彼が緊張しないように、まずは後ろ姿から提案した。
立ち上がってコートを羽織ると、
「あっ」
思わず、二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「ごめん、順番が逆だった。もう一回、やって」
そう言って、朝比奈君は無邪気な顔を向けながら、私の手が届くように少し屈んだ。
もう一度。今度はコートの上に綺麗にフードを整えた。
すっと立ち上がった彼は、本当にスタイルがいい。
その広い背中に、鮮やかな青の三角が、バランスよく収まった。
「素敵……。よかった、よく似合ってる」
私はマフラーを見て、そう呟いた。
大切な子供を独り立ちさせたような、嫁がせたような……。
(そんな時の親って、きっとこんな気持ちになるのかな)と考えが巡った。
左から差し込む西陽に照らされて、朝比奈君の影が長く地面に伸びる。
そこまでフレームに収めたくて、少し距離を取ってシャッターを切った。
「どうかな、この写真……」
そう言って、私は一度、朝比奈君のところへ駆け寄った。
それを確認した朝比奈君は、画面に目を落としたまま、しばらく動かなくなった。
(えっ、ダメだったかな……。よく撮れたと思ったのに……)
私は、恐る恐る、彼の顔を覗き込む。
(あっ……)
その目は、うっすらと水に覆われていた。
くるりと私に背中を向けて、朝比奈君は
「……いいね」
と小さく呟いた。
少しだけ、肩が震えている気がした。
私も、胸の奥がじん、と熱くなった。
彼の気持ちが、少しだけわかる気がした。
ずっと憧れていた、モデルの仕事。
こんな、素人の、しかも手作りのアイテムを身につけただけなのに。
それでも朝比奈君は、
『モデルとしての自分が、ここにいる』
そう、確かに感じているのだろう。
「ありがとう…」
私は言葉が自然に口から滑り降りた。
驚いた様子でぱっと振り返った彼は、
「それ、俺のセリフだから」
と言って、にかっと笑う。
それから、しっかりとした声で、
「ありがとう」
と、言った。
「じゃあ、今度はフードを被って、横向きで撮ってもいいかな? 暑いのに、申し訳ないんだけど」
そう言うと、朝比奈君はフードを被り
「変じゃない?」
と確認する。
「大丈夫。それじゃあ、お願いします」
カシャ、カシャ。
スマホの軽い音が、熱を含んだ空気の中に溶けていく。
「少し、地面を見てもらってもいいかな」
と、ポーズをリクエストしていく。
(なんだか、本物のカメラマンになったみたい)
少しくすぐったい気持ちになって、一人でにやけてしまう。
最初は棒立ちだった彼も、次第に気分が乗ってきたのか、少しずつ動き出した。
(完璧!)
私は、スキップしそうな勢いで朝比奈君に近づいた。
そのとき――
ぶわっと、生ぬるい風が前から吹いた。
一瞬、土埃を巻き上げるほどの風が、二人の間を吹き抜けていった。
「うわっ」
二人で声を上げた。
「すげー風だったな」
そう言ってこちらを見た朝比奈君は、一瞬、何か言いかけるような顔をしたけれど、結局、何も言わなかった。
少し気になりつつも、私はそれよりも早く、彼に写真を見せたい気持ちのほうが勝って、すぐにそのことを忘れてスマホを向ける。
朝比奈君も、すっと画面に目を落とし、
「……綺麗だ」
と、ため息混じりに言った。
それは、西陽に少しだけオレンジ色に染められた、朝比奈君の横向きの姿だった。
思った以上に素敵な写真が撮れて、欲が出てきてしまった私は、
「あの……。前からの写真を撮ってもいいかな。もちろん、朝比奈君が嫌なら、絶対にインスタには上げないから」
そう聞いてみた。
朝比奈君は、私の目をまっすぐに見てから、少しだけ視線を落とし、考えるような間を置いて、
「……いいよ」
と、短く答えた。
「あ、ありがとう。じゃあ、マフラー、首に巻いてもいい?」
こくり、と朝比奈君は小さく頷く。
私は、頭に被っているフードはそのままに、マフラーの端を整えるようにして、首に巻き付けていく。
そして、マスクの代わりみたいに、顔の半分を隠した。
「……あっ」
熱気のせいで、彼の眼鏡が、みるみる曇っていく。
「眼鏡……。外すの、嫌……だよね?」
そう確認しながら、私は、自分がとても酷なお願いをしていることを分かっていた。
私たちの「目」を隠してくれるものは、呪いみたいに、そこに居続ける。
それがないと、息ができないのだ。
何か喋った拍子に、マフラーが少しずり落ちた。
それを引き上げようと、朝比奈君がマフラーに手をかけた、その瞬間――
カシャ。
まるで、ファッション誌の1ページから抜け出してきたみたいな写真が、私のスマホの中に残っていた。



