ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。

 ◇

 部屋に戻ると、マナはキッチンに立った。

 ドリッパーに、湯を細く落としている。

 膨らんだ豆から立ち上る湯気。
 少し遅れて、芳醇な香りがこちらまで届いた。

 出来上がりを待つその背中を、ソファから眺めていた。

「最後の曲、可愛かったね」

 ちょうど思い出していたことを、マナから切り出される。

「聴き取れたの」

 静かに問いかけた。

「なんとなくだけど」

「どこ」

「サビの『I'm crazy for you』とか」

「訳して」

「…………」

 振り返ったマナは『その手には乗るもんか』という顔で、二つのマグカップを運んできた。