ねえ、はやく降参してよ。 ――同じ苗字になっても、まだ足りない。甘くて焦れったい心理戦を続ける夫婦。


 そんなことを思い出していると、ギターを抱えた青年が入ってきた。
 私たちの隣人だ。

 集まった十人ほどの住民が、拍手で出迎える。

 彼はコホン、と小さく咳払いをしてから、はにかむようにゆっくりと話し出した。

『今日は集まってくれてありがとう。帰りたくなくなるくらい、いい一年だったよ。お礼に、何曲か贈らせてもらえたら嬉しい』

 ワーキングホリデーを終えた彼は、来週、母国に帰る。
 今日はその送別会だ。

 少しだけ、ハルに体重を預けながら。
 あたたかい音色に、包んでもらう。

 ◇

 最後の一曲を弾き出す前、彼はこちらへ、ちらりと笑みを向けてきた。

 軽やかなイントロから始まったのは、明るいラブソングだった。

 住民たちは、小さな手拍子や身振りでリズムを刻む。
 私もそれに合わせながら、ハルに目をやった。

 彼はじっと前を見たまま、紡がれるものを追っていた。