連れて行かれた先は、搬入口だった。冬の午後の光が、半開きの扉から斜めに差し込んでいる。オレンジの猫の姿はなかった。
「さっき、笑っていましたか」
藤堂さんが聞いた。
「笑ってなんか、いないです。全然、笑えなかった」
自分の声が、思ったより落ち着いていた。
藤堂さんが私を見ている。眼鏡の奥で、視線がいつもより少しだけ柔らかい気がした。
「そうですか」
それだけ言うと、藤堂さんは先に歩いていった。廊下を並んで戻りながら、「今日の午後のVIP対応、ありがとうございました」と言った。
業務の話だったが、その声の温度がいつもと少しだけ違った。
全然、笑えなかった。口から出てしまってから、やっと気づいた。
それは謝罪じゃなかった。言い訳でもなかった。ただ、本当のことだった。
◇
それからの数日、藤堂さんとのすれ違い方がほんの少し変わった。
引き継ぎノートに記入している間、彼の視線が一瞬私の眉間で止まった気がした。
チェックアウトの処理でもたついたときは、隣に来た彼の指先が、ほんの少しだけ私の手の甲をかすめた。
外気で冷えていたのだろう、一瞬伝わったその冷たさに、私はしばらく動けなくなった。
たぶん、偶然だった。でも、指の冷たさだけがいつまでも手の甲に残って、夜まで消えなかった。



