視力が悪いのだろう、猫との距離感が掴めないのか、普段より少し前のめりになって、手探りのように指先を差し出している。
その不器用さに、なぜか目が離せなかった。喉の奥が、痛くなった。格好いいとか、愛おしいとか、そういう言葉より先に、痛い、と思った。
この人の孤独の断片に、触れてしまった気がしたから。
猫がまた逃げた。小さくため息をつきながらも、手を引かない藤堂さん。指先を差し出したまま、じっと待っている。
私は声をかけられなかった。かけてしまったら、この時間が終わる気がした。
どのくらい経っただろう。オレンジの猫が、ゆっくりと段ボールの陰から出てきた。用心深く、一歩、また一歩。
藤堂さんは動かない。息を詰めているのが、離れていてもわかった。
猫の頭が指先に触れた瞬間、藤堂さんの表情がほどけた。子どもみたい、と思った。
あの、一糸乱れぬ顔が、取り繕うことも忘れて、ただ嬉しそうに、柔らかく笑った。
普段はレンズに遮られていた目尻に、深い笑い皺が三本、くっきりと刻まれた。
その皺の一本一本に、彼がこれまで見せてこなかった時間の重みが、静かに宿っているようだった。
その皺に、彼の本当の感情がすべて吸い込まれていくようで、私は指先がじんと痺れた。
私はそっと、来た道を戻ろうとした。この時間を終わらせたくなかった。終わらせてしまったら、何かが変わってしまう気がして──。
「……見ていましたか」



