「お、おはようございます」
「今日の午後、十四時からVIPチェックインが二件重なります。田山千夏さんと組んで対応してください。詳細は、グループウェアに上げてあります」
「はい、確認します」
「それと昨日の引き継ぎノート、記載漏れがありました。些細なことですが、気をつけて」
「はい、すみません」
藤堂さんが間を置いてから、もう一度口を開いた。
「昨日の二一七号室のクレーム対応、見ていました。落ち着いた判断でした」
それだけ言って、タブレットに戻る。
指示は端的で正確で、ミスを責めるより先に改善策が出てくる。
休憩室でも雑談をしない。それでも、孤立しているわけでもない。
そういう人のことを、完璧と呼ぶのだろう。
この人が揺らぐところなんて、想像もできない──そう思いながら私は、フロントのモニターを立ち上げた。
◇
それから数日後の朝、私はいつもより少し早く更衣室を出た。理由はない。ただ、早くに目が覚めてしまったので、いつもより十分早く出社しただけだ。
六時半を少し回ったばかりの廊下は静かで、自分の足音がやけによく聞こえた。
搬入口へ続く角を曲がりかけて、私は足を止めた。
藤堂さんがいた。でも、いつもと様子が違った。タブレットも持っておらず、業者の姿もない。
ただ一人、搬入口の脇にしゃがみ込んで、荷物の陰になった段ボールの方へそっと手を伸ばしている。
濃紺のスーツの膝が、コンクリートの床につきそうになっていた。
何をやってるんだろう。



