言い切った瞬間、息が浅くなった。後悔はなかった。ただ、藤堂さんの返事を待つ。
橙が欠伸をした。
「……橙に振られるところが、ですか」
掠れたような、低い声だった。
「それもですが。眼鏡を外した顔も、傷ついた横顔も。猫に向かって『ねえ、来る?』って言う声も。缶詰や煮干しで挑んで、全部失敗したところも。橙に名前をつける時、真剣に考えていたところも」
言葉が止まらなかった。
「全部、好きです。完璧なところより、揺れているところの方がずっと好きです」
私はようやく、藤堂さんの方を向いた。藤堂さんも私を見ていた。眼鏡の奥の目が、いつもより大きくなっている。
いつも整然としている表情が、落ち着かなげに揺れていた。その顔も、好きだと思った。
藤堂さんが小さく息を呑む音が聞こえた。いつもフロントで背筋を伸ばさせるあの硬質な声が、今はどこかひどく掠れている。
「好きです、香坂さん」



