「三週間って……私が気づくより、ずっと前からですか?」
「はい。最初は、缶詰を持ってきました」
「効果は?」
「ありませんでした。次に煮干しを試したんですが、匂いが強すぎて警戒されました」
私はその横顔をちらりと見た。真剣な顔で、缶詰と煮干しの話をしている。
私が見ていたこの一週間だけじゃない。一ヶ月近くも前から、彼は毎朝ここで一人、そんな空回りを続けていたのだ。
その温度差に、愛おしさと笑いが同時にこみ上げた。
「他には、何か試したんですか?」
「静かに距離を詰める、というのを試しました」
「結果は」
「逃げられました。今までで一番、距離が近かったんですが」
藤堂さんが、わずかに眉を寄せた。本人としては、納得のいかない結果らしい。
完璧なマネージャーが、野良猫相手の攻略法を三週間も練り続けている──その不器用さに、私はとうとう声を出して笑ってしまった。
「……笑いましたね」
「す、すみません」
「いえ」
藤堂さんが言った。
「悪くない」
顔を上げると、藤堂さんが前を向いたまま、口元だけかすかに緩めていた。
笑っている、とは言えないくらいの、ほんのわずかな緩み。けれど確かに、そこにあった。二人の間に、初めて笑いが生まれた。
「猫、名前つけないんですか?」
気づいたら、声に出していた。
藤堂さんが考える素振りをする。眉がわずかに動いて、視線が宙をさまよった。



