――ザーーー。
放課後の下駄箱。コンクリートの床を激しく叩く雨の音が、どんよりとした空気と一緒に響いていた。
天気予報は完全に外れ。さっきまで曇り空だったのに、終礼のチャイムと同時にバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
「うわ、最悪。まじで降ってきたじゃん」
すぐ隣のマスで、楓がローファーに足を突っ込みながらめんどくさそうに空を見上げている。
私はカバンから、いつもの折りたたみ傘を取り出した。
「ほら、言ったでしょ。私、昨日『傘持ってけ』ってLINEしたじゃん。既読スルーして忘れてるからこうなるのよ」
「あー、あれな……。わりぃ。部活も中止だし、走って帰るか……」
頭を掻く楓に、私が「しょうがないなぁ、駅までなら入れてあげるよ」と、いつものセリフを言おうとした、その時。
「あの……っ」
背後から、控えめな、でも切羽詰まった声がした。
振り返ると、美奈ちゃんがカバンを抱きしめて立っていた。下駄箱の隅で、完全に立ち往生している。
「美奈ちゃん、傘ないの?」
「うん……。天気予報、大丈夫って言ってたから……」
美奈ちゃんは申し訳なさそうに、でも、チラチラと楓の方を伺っている。
その視線の意味を、私は瞬時に理解してしまった。
美奈ちゃんには、傘がない。
そして楓にも、傘がない。
心臓が冷たく脈打つ。
私がここで折りたたみ傘を開いて、楓を誘えば、いつも通りの「二人きりの帰り道」だ。楓だって「サンキュー!」って言って、当然のように私の傘に入ってくるだろう。
だけど、私の目の前には、恋するライバルの女の子が、すがるような目で立っている。
私が、彼女の恋の手伝いをすると決めたのだ。
「……あ、そうだ」
私は自分のカバンから取り出した折りたたみ傘を、そのまま美奈ちゃんの手に握らせた。
「えっ、由良ちゃん?」
「私、置き傘がもう一本あるの思い出した。だからこれ、美奈ちゃんに貸してあげる。……あ、でも、これ一人のサイズだから、2人で入るのはちょっとキツいかもね」
私はわざとらしく首を傾げて、楓の方を振り返った。
「あんた、体大きいんだから、美奈ちゃんの傘に入らせてもらいなよ。駅まで送り届けること!」
「え? あ、おう……まぁ、俺は濡れてもいいけど、朝比奈さんがいいなら……」
楓は突然の私のお節介に少し戸惑いながらも、美奈ちゃんを見て首を掻いた。
美奈ちゃんの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「えっ、あ、あの……! 私の傘で良ければ、その……っ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとな、朝比奈さん」
楓が美奈ちゃんの手から自然に傘を受け取り、ポン、と開いた。
ひとつの小さな傘の下に、楓と美奈ちゃんが並ぶ。距離が近くて、美奈ちゃんの肩が緊張でこわばっているのがわかった。
「じゃあな、由良! 先行くわ!」
「うん。美奈ちゃんをちゃんと家まで送りなさいよ!」
笑顔で手を振る。
2人は雨の中に消えていった。仲良く肩を並べて、ひとつの傘に揺られながら。
「……置き傘なんて、あるわけないじゃん」
2人の姿が見えなくなった下駄箱で、私はぽつりと呟いた。
カバンの中はもう、空っぽだ。
激しい雨の音が、私の嘘をかき消していく。
これから私は、ずぶ濡れになって一人で駅まで歩かなきゃいけない。
体よりも先に、胸の奥が冷たく冷え切っていくのを感じながら、私は誰もいない土砂降りの校庭へ、一歩を踏み出した。
放課後の下駄箱。コンクリートの床を激しく叩く雨の音が、どんよりとした空気と一緒に響いていた。
天気予報は完全に外れ。さっきまで曇り空だったのに、終礼のチャイムと同時にバケツをひっくり返したような土砂降りになった。
「うわ、最悪。まじで降ってきたじゃん」
すぐ隣のマスで、楓がローファーに足を突っ込みながらめんどくさそうに空を見上げている。
私はカバンから、いつもの折りたたみ傘を取り出した。
「ほら、言ったでしょ。私、昨日『傘持ってけ』ってLINEしたじゃん。既読スルーして忘れてるからこうなるのよ」
「あー、あれな……。わりぃ。部活も中止だし、走って帰るか……」
頭を掻く楓に、私が「しょうがないなぁ、駅までなら入れてあげるよ」と、いつものセリフを言おうとした、その時。
「あの……っ」
背後から、控えめな、でも切羽詰まった声がした。
振り返ると、美奈ちゃんがカバンを抱きしめて立っていた。下駄箱の隅で、完全に立ち往生している。
「美奈ちゃん、傘ないの?」
「うん……。天気予報、大丈夫って言ってたから……」
美奈ちゃんは申し訳なさそうに、でも、チラチラと楓の方を伺っている。
その視線の意味を、私は瞬時に理解してしまった。
美奈ちゃんには、傘がない。
そして楓にも、傘がない。
心臓が冷たく脈打つ。
私がここで折りたたみ傘を開いて、楓を誘えば、いつも通りの「二人きりの帰り道」だ。楓だって「サンキュー!」って言って、当然のように私の傘に入ってくるだろう。
だけど、私の目の前には、恋するライバルの女の子が、すがるような目で立っている。
私が、彼女の恋の手伝いをすると決めたのだ。
「……あ、そうだ」
私は自分のカバンから取り出した折りたたみ傘を、そのまま美奈ちゃんの手に握らせた。
「えっ、由良ちゃん?」
「私、置き傘がもう一本あるの思い出した。だからこれ、美奈ちゃんに貸してあげる。……あ、でも、これ一人のサイズだから、2人で入るのはちょっとキツいかもね」
私はわざとらしく首を傾げて、楓の方を振り返った。
「あんた、体大きいんだから、美奈ちゃんの傘に入らせてもらいなよ。駅まで送り届けること!」
「え? あ、おう……まぁ、俺は濡れてもいいけど、朝比奈さんがいいなら……」
楓は突然の私のお節介に少し戸惑いながらも、美奈ちゃんを見て首を掻いた。
美奈ちゃんの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「えっ、あ、あの……! 私の傘で良ければ、その……っ」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとな、朝比奈さん」
楓が美奈ちゃんの手から自然に傘を受け取り、ポン、と開いた。
ひとつの小さな傘の下に、楓と美奈ちゃんが並ぶ。距離が近くて、美奈ちゃんの肩が緊張でこわばっているのがわかった。
「じゃあな、由良! 先行くわ!」
「うん。美奈ちゃんをちゃんと家まで送りなさいよ!」
笑顔で手を振る。
2人は雨の中に消えていった。仲良く肩を並べて、ひとつの傘に揺られながら。
「……置き傘なんて、あるわけないじゃん」
2人の姿が見えなくなった下駄箱で、私はぽつりと呟いた。
カバンの中はもう、空っぽだ。
激しい雨の音が、私の嘘をかき消していく。
これから私は、ずぶ濡れになって一人で駅まで歩かなきゃいけない。
体よりも先に、胸の奥が冷たく冷え切っていくのを感じながら、私は誰もいない土砂降りの校庭へ、一歩を踏み出した。



