友達以上恋人未満

夜の十一時半。
お風呂上がりに髪を乾かし、ベッドに転がってスマホを眺めていたとき、通知音が鳴った。
画面に表示されたのは、美奈ちゃんからのメッセージ。
『夜遅くに本当にごめんなさい!泣 あの、ちょっと相談してもいいですか……?』
文字からでも彼女のパニックぶりが伝わってくる。私はベッドの上に起き上がり、すぐに返信を打った。
『どうしたの? 大丈夫だよ』
画面がすぐに「既読」になり、入力中の三点リーダーが激しく点滅する。数秒後、長文のメッセージが送られてきた。
『夕方の六時くらいに、楓くんに「今日のお礼と、おすすめのサッカーの動画のURL」をLINEしたんです。そうしたら、すぐに既読はついたのに、そこから五時間近く、ずっと返信が来なくて……。私、何か変なこと送っちゃったでしょうか……。嫌われちゃったのかなって、怖くて……』
画面越しに、涙目でスマホを握りしめている美奈ちゃんの姿が簡単に想像できた。
「あはは……。あいつ、相変わらずだな」
私は思わず、自嘲気味な笑みをこぼしてしまった。
美奈ちゃんが絶望しているその理由。それは、私が何年も前に、何度も味わって、何度も枕に顔をうずめてのたうち回った「あの絶望」と全く同じだったからだ。
私は画面をタップし、美奈ちゃんの不安を解きほぐすための文字を打ち込んでいく。
『大丈夫だよ、美奈ちゃん。何も変なこと送ってないし、嫌われてもないよ。あいつね、LINEに既読をつけて、頭の中で返信を書いた気になって満足しちゃうタイプなの。特に動画とかURLが送られてくると、「あとでじっくり見よう」と思ってそのまま忘れるのがいつものパターン』
少し考えて、さらに付け加える。
『今、ネトゲのログイン時間だから、多分スマホすら見てないと思う。明日の朝、何事もなかったみたいに「動画ありがと!」ってアホみたいなスタンプ付きで返ってくるよ。だから安心して寝て大丈夫!』
送信ボタンを押す。
すぐに『そうなんですか……!泣』と、少し安心したようなスタンプが返ってきた。美奈ちゃんにおやすみの挨拶をして、トーク画面を閉じる。
そのまま、私は自分の「お気に入り」の一番上にピン留めされている、楓とのトーク画面を開いた。
最後に交わしたラリーは、二日前の『明日雨ふる?』『知らん。傘持ってけ』という、色気のない短い会話。
スクロールすれば、中2のときから積み重ねてきた、何千、何万というメッセージの歴史がそこにある。
楓が既読スルーをする癖があることも。
夜のこの時間はゲームに夢中になっていることも。
全部、私が傷つきながら、時間をかけて攻略した「楓の取扱説明書」だ。
それを今、私は惜しげもなく他の女の子に教えている。
美奈ちゃんはきっと、私という近道を使って、私が何年もかけて歩んだ距離を一瞬で飛び越えていくんだろう。
「……バカみたい」
スマホを裏返し、ベッドに顔をうずめる。
明日になれば、楓は美奈ちゃんにLINEを返す。私の言った通りのスタンプをつけて。
そのとき楓の頭の中にいるのは、私じゃなくて、美奈ちゃんだ。
攻略本を渡したキューピッドには、もう、なんの役割も残されていない。
暗い部屋の中で、私の小さな溜息だけが、静かに溶けて消えた。