「らいん、ですか……!?」
翌日の昼休み。校舎の裏手、自販機の陰で、美奈ちゃんはひっくり返ったような声を上げた。両手でスマホを拝むように握りしめ、顔を真っ白にしたり真っ赤にしたりしている。
「そう、LINE。昨日、楓が『雑誌のお礼に自販機でなんか奢る』って言ってたでしょ? あれ、まだ実行されてないよね」
「は、はい。緊張しちゃって、今日はおはようしか言えてなくて……」
「じゃあ、それがチャンス。奢ってもらうときに、自然に連絡先を交換しちゃうの」
私は自販機で買った冷たいココアを頬に当てながら、淡々と作戦を告げる。
昨日、楓の誘いを断ってしまった。その罪悪感と、胸のモヤモヤを振り払うみたいに、私はいつも以上に「頼れるキューピッド」を演じていた。
「自販機の前でジュース買ってもらったら、こう言うの。『またおすすめの雑誌があったら教えたいから、LINE交換しませんか?』って。これなら不自然じゃないでしょ?」
「なるほど……っ! すごいです由良ちゃん、天才です……!」
美奈ちゃんが潤んだ瞳で私を見つめる。その純粋なリスペクトが、今の私には少しだけ痛い。
「ほら、あいつ、そろそろ5時間目の移動教室のために廊下に出てくるはずだから。行きな」
「はい……! 私、頑張ってきます!」
小さな拳を握りしめ、美奈ちゃんが戦場へ向かう戦士のような顔で廊下へと走っていく。
私は一人、冷たいココアを飲みながら、ゆっくりとその後を追った。
邪魔をするつもりはない。ただ、作戦が上手くいくかどうかを、遠くから見届けるだけのつもりだった。
3階の廊下の端。自販機の前に、移動教室用のノートを持った楓が立っていた。
そこに、緊張でロボットのようになった美奈ちゃんが近づいていく。何かを話しかけ、楓が「あ、忘れてた!ごめん!」という風に頭を掻いているのが遠目に見えた。
楓はポケットから小銭を出し、美奈ちゃんにジュースを選ばせている。
そこまでは順調。問題はここからだ。
美奈ちゃんが、覚悟を決めたようにスマホを取り出した。
何かを一生懸命に伝えている。
遠くから見ていた私には、2人の会話の声は届かない。だけど、次の瞬間――楓が自分のスマホを取り出し、画面を美奈ちゃんに向けた。
あ、交換、できたんだ。
2人がお互いのスマホを見せ合い、楽しそうに笑い合っている。美奈ちゃんは嬉しそうに何度も頭を下げていて、楓は照れくさそうに首の後ろを触っていた。
その光景が、夕方の西日よりも眩しくて、私の視界をチカチカと刺激する。
私が中2のとき、初めて楓のLINEを手に入れたときは、なんてことない日常のやり取りの延長だった。
『宿題の範囲教えて』。そんな、色気も何もない一言から始まった、私たちの繋がりの証。
それが今、目の前で、新しい女の子の特別な色に塗り替えられていく。
「……よし」
小さく呟いて、私は2人に背を向けた。
作戦は大成功。私は最高の友達で、最高のキューピッドだ。
なのに、飲み干したココアの缶が、ゴミ箱に落ちる瞬間の鈍い音だけが、私の心の中でいつまでも響き続けていた。
翌日の昼休み。校舎の裏手、自販機の陰で、美奈ちゃんはひっくり返ったような声を上げた。両手でスマホを拝むように握りしめ、顔を真っ白にしたり真っ赤にしたりしている。
「そう、LINE。昨日、楓が『雑誌のお礼に自販機でなんか奢る』って言ってたでしょ? あれ、まだ実行されてないよね」
「は、はい。緊張しちゃって、今日はおはようしか言えてなくて……」
「じゃあ、それがチャンス。奢ってもらうときに、自然に連絡先を交換しちゃうの」
私は自販機で買った冷たいココアを頬に当てながら、淡々と作戦を告げる。
昨日、楓の誘いを断ってしまった。その罪悪感と、胸のモヤモヤを振り払うみたいに、私はいつも以上に「頼れるキューピッド」を演じていた。
「自販機の前でジュース買ってもらったら、こう言うの。『またおすすめの雑誌があったら教えたいから、LINE交換しませんか?』って。これなら不自然じゃないでしょ?」
「なるほど……っ! すごいです由良ちゃん、天才です……!」
美奈ちゃんが潤んだ瞳で私を見つめる。その純粋なリスペクトが、今の私には少しだけ痛い。
「ほら、あいつ、そろそろ5時間目の移動教室のために廊下に出てくるはずだから。行きな」
「はい……! 私、頑張ってきます!」
小さな拳を握りしめ、美奈ちゃんが戦場へ向かう戦士のような顔で廊下へと走っていく。
私は一人、冷たいココアを飲みながら、ゆっくりとその後を追った。
邪魔をするつもりはない。ただ、作戦が上手くいくかどうかを、遠くから見届けるだけのつもりだった。
3階の廊下の端。自販機の前に、移動教室用のノートを持った楓が立っていた。
そこに、緊張でロボットのようになった美奈ちゃんが近づいていく。何かを話しかけ、楓が「あ、忘れてた!ごめん!」という風に頭を掻いているのが遠目に見えた。
楓はポケットから小銭を出し、美奈ちゃんにジュースを選ばせている。
そこまでは順調。問題はここからだ。
美奈ちゃんが、覚悟を決めたようにスマホを取り出した。
何かを一生懸命に伝えている。
遠くから見ていた私には、2人の会話の声は届かない。だけど、次の瞬間――楓が自分のスマホを取り出し、画面を美奈ちゃんに向けた。
あ、交換、できたんだ。
2人がお互いのスマホを見せ合い、楽しそうに笑い合っている。美奈ちゃんは嬉しそうに何度も頭を下げていて、楓は照れくさそうに首の後ろを触っていた。
その光景が、夕方の西日よりも眩しくて、私の視界をチカチカと刺激する。
私が中2のとき、初めて楓のLINEを手に入れたときは、なんてことない日常のやり取りの延長だった。
『宿題の範囲教えて』。そんな、色気も何もない一言から始まった、私たちの繋がりの証。
それが今、目の前で、新しい女の子の特別な色に塗り替えられていく。
「……よし」
小さく呟いて、私は2人に背を向けた。
作戦は大成功。私は最高の友達で、最高のキューピッドだ。
なのに、飲み干したココアの缶が、ゴミ箱に落ちる瞬間の鈍い音だけが、私の心の中でいつまでも響き続けていた。



