友達以上恋人未満

「あー、今日の部活まじできつかったわ……。先輩のしごき、絶対昨日より3割増しだったって」
夕暮れ時。オレンジ色に染まる坂道を、楓はエナメルバッグを肩にかけ、だるそうに首を回しながら歩いていた。
いつもの、部活終わりの帰り道。私が日直の居残り仕事を終えて校門を出たところで、ちょうど部活が終わった楓が走って追いかけてきたのだ。
「自業自得でしょ。昨日ネトゲで夜更かしなんかしてるからよ」
「うっ、それは言わない約束……。あ、そうだ由良、これ」
楓がポケットから、くしゃくしゃになった千円札を取り出して私の目の前に突き出してきた。
「なにこれ」
「今日の夜、駅前のラーメン屋。俺が奢る。いつもノート見せてもらってるし、付き合えよ」
いつもの楓なら、こんな風に急に奢るなんて言い出さない。「ジュース一本貸しな」なんてケチくさいことを言うやつだ。
そんな彼が、少しだけ決まずそうに視線を逸らしている。
「……何かあったの?」
私がじっと顔を覗き込むと、楓はガリガリと頭を掻いた。
「いや、その……今日、昼休みに朝比奈さんに雑誌返したんだけどさ。そのとき、朝比奈さんに『いつも由良ちゃんと仲良くて羨ましいな』って言われて」
「……美奈ちゃんが?」
「おう。なんか、そう言われたら急にさ……俺、いっつも由良に甘えてばっかだなーって思って。……だから、その、たまには奢るかなって」
ドクン、と心臓が嫌な跳ね方をした。
楓の脳内に「美奈ちゃん」という存在が確実に居座り始めている。それだけじゃない。美奈ちゃんの一言をきっかけに、楓は私との「いつも通り」を意識し始めてしまっているのだ。
「……ふーん」
「なんだよ、そのリアクション! 奢るって言ってんだから喜べよ!」
「ううん、嬉しいよ。嬉しい、けど……」
私は歩みを止め、夕日に向かって伸びる自分たちの影を見つめた。
「今日はやめとく。お母さんがご飯作って待ってるから」
「え? 連絡すればいけるだろ? いつもそうじゃん」
「今日はダメ。……ごめんね」
初めて、楓からの誘いを断った。
楓は驚いたように目を見開いたあと、あからさまに不満そうな顔をして唇を尖らせた。
「ふーん。じゃあいいよ、また今度な」
少し怒ったように、楓が歩くペースを速める。いつもなら走って追いかけるはずのその背中を、私はただ、じっと見つめることしかできなかった。
美奈ちゃんの相談に乗ると決めた。2人を応援すると決めた。
それなのに、楓の口から他の女の子の名前が出るだけで、呼吸がうまくできなくなる。
「いつも通り」が、壊れていく。
私が必死に守ろうとしていた特等席の足元が、音を立てて崩れ始めていた。