友達以上恋人未満

翌日の朝。教室に入ると、美奈ちゃんはすでに自分の席に座っていた。
その机の端には、昨日ファミレスで話した通りのサッカー雑誌が、まるで仕掛けられた罠のようにそっと置かれている。美奈ちゃんは私と目が合うと、小さくガッツポーズを作ってみせた。私はそれに微笑み返し、自分の席へと向かう。
「おはよ、由良。今日まじで眠いわ……」
始業5分前、ギリギリに教室に滑り込んできた楓が、カバンを机にドサリと置いて私の前の席に座った。予告通り、午前中の楓は完全に低血圧モードだ。髪の毛も少しハネている。
「おはよ。夜更かしでもしたの?」
「んー……昨日、ネトゲのイベントあってさ……。あー、教科書出すのすらタルい……」
机に突っ伏して、完全に充電切れのトカゲみたいになっている楓。
いつもなら、ここで私が「ほら、シャキッとしなさい!」と背中を叩くか、ハネた髪をからかうところだ。それが私たちの『いつも通り』。
だけど、私は視線で、楓の斜め後ろの席にいる美奈ちゃんに合図を送った。
――美奈ちゃん、今だよ。放課後は部活で忙しいから、少しでも機嫌がマシな今のうちに。
美奈ちゃんはゴクリと息を呑むと、雑誌を胸に抱えて、ゆっくりと楓の席に近づいてきた。
「あの、楓くん……お、おはよう」
「ん……? あ、朝比奈さん……おはよ……」
美奈ちゃん――朝比奈美奈の名を呼ばれて、楓が薄く目を開ける。
緊張で声を震わせながらも、美奈ちゃんは覚悟を決めたように雑誌を差し出した。
「これ……昨日、本屋さんで見つけて。楓くん、サッカー部だから、もし良かったら読まないかな、って……」
その雑誌の表紙を見た瞬間、楓の目が、パチッと見開かれた。
「えっ!? これ、今売切れててどこ行ってもなかったやつじゃん! 朝比奈さん、これ買ったの!?」
「う、うん……! 私、サッカーのこと詳しくないんだけど、表紙がかっこよかったから……。良かったら、貸そうか?」
「まじで!? 読む、めちゃくちゃ読みたい! ありがとな!」
さっきまでの低血圧が嘘のように、楓の顔にパッと輝くような笑顔が戻る。美奈ちゃんの作戦は、大成功だった。
「ううん、役に立ててよかった」と、はにかむ美奈ちゃんの顔は、恋する女の子そのもので、ものすごく可愛い。
「おい由良、見ろよこれ! 朝比奈さん神だわ!」
楓が嬉しそうに、私の方を振り返って雑誌を見せてくる。
「うん、良かったね。ありがたく読ませてもらいなよ」
私はいつも通りの『幼馴染ポジション』の笑顔で答えた。
楓の笑顔を引き出したのは、私のアドバイス。だけど、今、楓を笑顔にしているのは美奈ちゃんだ。
「朝比奈さん、これさ、今日の部活の昼休みに読んでもいい?」
「うん、全然いいよ! 好きなだけ読んで」
「サンキュー! お礼に今度、自販機でなんか奢るわ!」
2人の会話が弾んでいく。
私は机の下で、自分のスカートをギュッと握りしめていた。
よかった。作戦はうまくいった。美奈ちゃんは嬉しそうだし、楓も喜んでる。これでいいんだ。
だけど、2人の会話の輪から一歩外れたところにいる自分の影が、夕方でもないのに、ひどく長く、寂しく床に伸びているように見えた。
一番近くにいるのに、私の声は、もう楓の『男の子』の部分には届かない。