友達以上恋人未満

(楓side)
図書室でのギクシャクしたテスト勉強から数日。
テストも無事に(手応えは最悪だけど)終わり、学校はどこか浮き足立った空気に包まれていた。
「あー、やっと解放された! 今日の放課後は絶対ラーメン行く。なぁ由良、今日こそ――」
「あ、ごめん楓。これから美奈ちゃんと、テストの打ち上げに駅前のカフェ行く約束しちゃってて」
まただ。
由良は俺の顔をまともに見ようともせず、手際よくカバンに教科書を詰め込んでいく。
「……また朝比奈さんかよ。お前ら、本当に最近仲良いな」
俺はわざとぶっきらぼうに言って、椅子の背もたれに体重を預けた。胸の奥が、冷たい炭酸水が弾けるみたいにシュワシュワと苛立っている。
「良いことじゃん。美奈ちゃん、すっごく話しやすくて可愛いんだよ?」
「ふーん」
由良が美奈ちゃんの名前を呼ぶたび、俺の脳裏にはあの雨の日の『由良』と書かれた傘が浮かぶ。
由良は、自分の大切な居場所を朝比奈さんに譲ろうとしている。それが分かっているからこそ、俺の口からは、優しくない言葉ばかりが飛び出してしまう。
「そんなに朝比奈さんがいいなら、俺、朝比奈さんのことデートにでも誘っちゃおうかな」
半分は、由良を試すための意地悪だった。
『何言ってんのバカ!』って、いつもみたいに怒って、俺の隣を取り戻しにきてほしかった。
だけど、由良の動きがピタリと止まった。
ゆっくりと上がったその瞳は、ひどく静かで、諦めたような光を宿している。
「……うん。いいと思うよ。美奈ちゃん、きっと喜ぶ」
「――は?」
俺の心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねた。
本気で言ってるのか? 俺が他の女子とデートしても、お前は本当にいいのか?
そのとき、教室の入り口から「楓くん、由良ちゃん、お待たせ!」と、美奈ちゃんが少し息を切らせて入ってきた。手には、昨日俺がLINEで『これ美味そうじゃね?』と送った、限定の炭酸飲料のボトルが握られている。
「これ、購買で最後の1本だったの。楓くん、炭酸好きって言ってたから……あげる!」
「あ、あぁ……ありがとな、朝比奈さん」
受け取りながら、俺は無意識に、それを見つめる由良の視線に気づいた。
由良の目が、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、泣きそうなほど歪んだのを、俺は見逃さなかった。
中2の夏、部活帰りに自販機の前で『炭酸まじ生き返るわー』って笑った俺に、『炭酸ばっか飲んでると骨溶けるよ』って呆れながら、それでも次からは必ず炭酸ジュースを買って待っていてくれたのは、由良だった。
俺の「好き」を、全部最初に知っていたのは由良のはずなのに。
「……朝比奈さん、ありがとな。でもこれ、炭酸強くて朝比奈さんには飲めないだろ。中学のときさ、由良がこれ一気飲みして思いっきり吹き出したことあって――」
「ちょっと、楓! 何昔の話してんのよ!」
由良が慌てて俺の言葉を遮る。その顔は真っ赤だった。
「いいじゃん、本当のことだろ? お前、あのとき鼻から炭酸出して――」
「もう、うるさい! 美奈ちゃん、行こ!」
由良は美奈ちゃんの腕を引っ張るようにして、逃げるように教室を出て行った。
残された俺は、冷たいボトルを握りしめたまま、ぽつんと立ち尽くす。
「……ダサ。俺、何やってんだろ」
朝比奈さんの前で、わざわざ由良しか知らない中学生の頃の話を持ち出して、マウンティングみたいな真似をして。
朝比奈さんを傷つけたいわけじゃない。ただ、俺と由良の間にある『時間』だけは、誰にも踏み込めない特別なものなんだと、周りにも、そして由良自身にも、証明したくてたまらなかった。
自分の放った無自覚な独占欲の醜さに、俺は深く、溜息をついた。